
#寄り道#
大学生の頃
友人の車に
時折(ときおり)
同乗させて
もらってました
その友人
運転の際
いつも
トレードマーク
のように
帽子(ぼうし)を
かぶってたのです
そこである日
尋ねます
「なぜ帽子をかぶってるのか」と
すると友人曰く
「無謀(むぼう)運転を
防止(ぼうし)したいから」と
(●^o^●)
伸るか反るかの大勝負
乾坤一擲(けんこんいってき)
伸(の)るか反(そ)るかの大勝負
背水の陣
まさに
ギリギリのところまで
追い詰められる
ターニングポイント
方向性を定める人生の分岐点
生きてく上で
こういった経験を
一度や二度
遭遇するモノです
短期決戦の鉄則
一定の
限られた期間に
結果・成果を出すには
戦力を分散させず
一点に集中させる
のが鉄則
言い換えると
一点突破
つまーり
目標を絞って
その達成を目指すコト
コレが戦術の王道
さらに
一点突破において
重要なのは
突破の対象(矛先)を
一点に絞るだけでは
実は
不十分であって
どれだけ
戦力を集中できるか
すなわーち
その集中の中身・度合い
が問われます
視点を変えれば
絞った目標に対し
達成しようとする
その「思い」いかんが
目標達成という
現在の結果に
直結するとともに
将来の他の結果に対する
「因」にもなり得るのです
この点は
大事なところなので
深掘りすると
思いの強さ(量的側面)が
現在の目標達成に
直結するのは
いうまでも
ありません
コレに加え
思いの高さ(質的側面)は
もちろん
現在の目標達成にも
コミットしますが
コレにとどまらず
将来の結果に対する
「因」にも
なり得るのです
ここは
見落とされがち
なので
ダメ押ししておくと
「思い」
コレを「志」
と言い換えるコトも
できますが
コレが高くないと
突破できるかどうかの
正念場
ギリギリ
のところで
踏ん張り
切れなかったりする
ばかりか
何とか
現在の目標を
突破できたとしても
例えば
油断
慢心
増長
燃え尽き
など
によって
成長を
持続できなかったり
するのです
(-ω-)/
念のため
断っておきます
志又はその高さ
というと
高尚さを
連想しがちですけど
決して
コレに拘泥(こうでい)する
必要は
ありません
当人らしい
思いの内実を
見いだせれば
それで
十分です
(。-_-。)
「思い」の強さと高さが両輪
コレまで
みてきたように
「思い」の強さと高さが
現在のみならず
将来における
目標達成に対する
原動力
持続力
となり得ます
しかも
「思い」の高さは
その時点以降
本人の
基軸
指針
を構築し
善き「因」
にもなり得る
と考えてます
“(-“”-)”
ココロの定め方
おまけで
もう少し
本質部分に
踏み込んでみます
思いの強さと高さを
一つに括(くく)って
ココロ(一念)
と言い直すコトが
可能です
このココロの置きどころが
ほんの数ミリ
ズレてると
気づいたときは
幸せの大道(だいどう)から
大きく外れ
目指すべき
ゴールからみると
むしろ
遠のく方向に
進んでた
というコトに
なりかねません
(`・ω・´)
特に
短期決戦の際は
知らず知らず
のうちに
「数ミリのズレ」
という
魔物が住み着き
「成功・勝利」の傘に隠れ
時の経過につれて
増殖します
例えば
お金で成功した際
一念のズレ・スキに
潜(ひそ)んでた
魔物も成長し
いつしか
自ら信じて念じた方向とは真逆の
魔界にエスコートされ
ついには
この魔物に
からめとられてた
というオチが
待ってたりする
モノです(‘;’)
「勝って兜(かぶと)の緒(お)を締めよ」
とよく聞きますが
実のところ
勝つ前の
魔物に
付け入るスキを与えない
ココロの定め方
が肝要なんだ
と自戒してきたし
この先も
緩めるつもりは
毛頭ありません
( ^)o(^ )