【人間考・将の将】総論3:司令官・指揮官のマインド

  1. 前振り
  2. 指揮官マインド
  3. 司令官マインド
  4. 余談

前振り

戦(いく)さ・争いの規模・中身により

その戦争当事者の
トップ・リーダーに求められる
器・才知(さいち)は

当然
違ってきます


本稿では

あえて抽象的に
生死と背中合わせの戦場で


命令に基づき
部隊を指揮する任務に当たる

指揮官


その後方(司令部)から


命令系統に基づき
指示命令を出す

司令官

という
立て付けで


指揮官・司令官に要求される

マインド

について

独見してみるコトにします
(。-_-。)


指揮官マインド


という
究極の戦場で


兵士(部隊)は

その所属部隊の上官に

自身の命を
預けるわけですから

前線の指揮官には


それ相応の

人心掌握術
人間力

が要求されます


もとより


上命下服(じょうめいかふく)
の組織的論理で

押し通すコトも
不可能ではありません



特に味方が優勢なとき


部隊の士気を鼓舞し

結束力を保持するのは
容易でしょうが


守勢・劣勢に回ったとき

規律による心理的拘束力のみで
どこまでしのげるか
心許(こころもと)ない

といわざるを得ません
(・.・;)


アリの一穴(いっけつ)

といわれるように

どんなに堅固(けんご)な
陣地(部隊)でも


一箇所のほころびにより

全体が
瓦解(がかい)・崩壊するのは

よくあるコトですから


注)例えば
別働隊が夜間奇襲を狙って
静まり返った敵陣地近くに潜(ひそ)んでいたところ

味方兵士が奇声を上げるなどして
敵に発覚すれば奇襲作戦は台無しです
(+o+)



極限の状態下で
一人一人のマインドをいかに保つか



ここに
現場指揮官としての
手腕・力量が問われます



一兵卒であっても

自ら志願して
戦地に臨んでいる以上

ある意味
「死」への覚悟はあったはず


なのに

土壇場で
覚悟が揺らぐコトがあるとすれば


それは
どうしてなのでしょうか




個別の属人的な要因を挙げていったら
キリがないので

ここはザックリと
掘り下げてみます




考えるに


やーっぱ

指揮官自身の姿勢が
問題なのだといえます


実際にそうするかどうかは
別として


気持ちの上では

率先垂範
陣頭指揮

の心意気・姿勢を示さなければならない
のです(`・ω・´)


兵士が上官(指揮官)に
自身の命を預けるというのは


その前提として

上官に対し

次のような心情を抱くなどして

絶対的な信頼感・安心感を
有しているからだ
と考えます

①たとえ戦況が最悪でも
このヒトとなら

状況を打開できるなどと
希望を保ち続けられる

②兵士の戦死をムダにしない
つまりは
亡くなった兵士の功労に報い
残された家族を案じてくれる


③劣勢でも
指揮官の責任を放棄せず
持ち場(任務)の死守に
努めてくれる

④最後まで
兵士(仲間)を裏切ったり
見捨てたりしない


⑤考えがブレずに一貫し
命令に従った兵士の

梯子(はしご)を外す
ようなコトがない


この程度の内容で終わっては
わざわざ「将の将」シリーズをぶち上げた
意味がないですネ!


もうひと堀りします


戦場

特に
最前線で勝敗を左右するポイントは

下士官の姿勢

と捉えてます


そして


戦況次第で

下士官には

陣頭で
勇猛果敢に振る舞い

処し方の手本を示してもらう

などが求められます



注)みなさーん
不思議に思いませんか

古今東西

指揮官(下士官含む)・司令官は
外装外観からすぐに分かっちゃうんです


日本でいえば戦国武将は
鎧兜(よろいかぶと)等の甲冑(かっちゅう)を
身にまとっており

敵兵が兜首をとるため群がります


諸外国の近代戦でも
制服・バッジで階級が一目瞭然

コレって容易に
スナイパー(狙撃手)の標的になりますから


言い換えると

現場の指揮官は
常にリスクにさらされるわけです


とりもなおさず

この状況は
最前線で一緒に戦う
兵士らが一番分かっているはずで

だからこそ

指揮が鼓舞され奮い立つ
ともいえそう



なーお

失うと替えの利かない
知力を備える将校は軍事戦略上
よっぽどじゃないと前線に出しません

コレだって
誰もがナットクできるはず


上官の
立場に不相応な

死への恐怖・躊躇(ちゅうちょ)
生への執着・未練

といった姿勢は


モノの見事に
周囲へ伝播(でんぱ)するのです




お待たせしました(‘;’)


いよいよ
ここから


現場を仕切る
指揮官の出番です



下士官に対する
指揮官としての

将に将たる器

がモノを言います

既に触れましたけど

自ら望んで入隊してるので
各人「死」は織り込み済み



その上で

下士官が
指揮官の意気に感じ


体を張って

その役割を
存分に
発揮してくれるかどうかは


同志としての
人間的な繋がりの濃淡によるといえ


結局

指揮官の

人間力

に帰するのです
(^-^)


司令官マインド

指揮官のマインドとして

既に触れた内容は

ここでも
基本的に当てはまります



異なるのは
次のような点と考えてます


現場では

目の前で
仲間が戦死するなど

どうしても
思い入れが強くなりがち



優勢の場合には
まだよいのですが


守勢・劣勢に回った際には
引き際のタイミングを見誤るおそれを
否定できません




責任感が強く

兵士想いの
指揮官であればあるほど

その危険性が高まります


このようなときこそ

司令部において

総攻撃
奪還
撤退

など

を大局的に判断し



最終的には司令官が
軍事戦略的に決断します


現場指揮官が

持ち場の死守
隙あらばリベンジ

などを訴えてきても



機密事項以外の許される範囲で
軍事戦略的な判断である点を
説明してあげるコトです


この場面では

司令官は
現場指揮官との関係で

「将に将たる器」がためされる
と心得ましょう



本隊(全軍)にとって
致命傷を負うコトだけは

何としても
避ける必要があります
“(-“”-)”


この判断を見誤ると

兵士の戦死がムダ死に
となりかねません


勝利すればこそ

兵士の功労に
十分報いるコトができるのですから
( ˘ω˘ )



注)本文で触れたように

最終の勝利をもぎ取る上で
致命傷を回避する点は最重要の一つ
ですけど

戦局によっては

後先(あとさき)を考えてる場合じゃない
背水の陣(撤退不可)が必要だったり
します(´ω`)

詳細は別稿に譲りますネ


余談

米国というのは

多民族国家で

個人主義が強いお国柄ですが

伝統的に
軍隊・警察関係における
仲間・同胞(ほう)意識は
半端ないです


一例として

米軍はベトナム戦争で

自軍兵士が一人でも
ベトコンに捕虜にされると


全軍を挙げて
捕虜奪還作戦を遂行したそうです




ところで

確かに

日本文化の底流を成すサムライ精神は
世界に誇れるモノですが


個人の精神性に重きが置かれ

必要以上にその点を美化・強調しがち
なのが気になります
(・_・;)




価値感の多様化に拍車がかかる今日


英米が得意とする
仕組み・システムの構築・改変


つまーり

客観的合理性の確立という点を
見習いつつ



我が国のお家芸ともいえる
情緒性を駆使して

主観的な繋がりの強化に
努めるのが得策

と考える
この頃です
( ^)o(^ )


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投稿者: toshi0227(トシ・オウ・トウ・トウ・セブン)

都内マイホーム、妻子持ち、シニア層男性。O型・サソリ座。モットー「いまが一番!ここが一番!」。スローガン「時空を超えろ!」。趣味はテニス・ゴルフ・油絵等。定年退職後に、社会との接点を確保して認知機能の低下を防ぎ、健康長寿を目指すべく、遅きに失した感はあるものの、平成3年元日から、思い切って「ユル・ヤワ」に「T.H.BLOG」を始めてみました。大海原を航海中ですが、よろしくお願いします。 ブログの公開表示名「toshi0227」は「トシ・オウ・トウ・トウ・セブン」と読みまーす(^^) スタエフ(音声配信)・エックス・インスタ・スレッズもやってます(^<^)

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