【生活・心構え】何をもって「取り返しのつかないこと」と考えてますか。

#寄り道#
本人:職場先輩
相手:同後輩

相手:衆議院選挙の開票日(令3年10月31日)が迫ってますね

本人:プロ野球もシーズン大詰めですから
この二つをネタにして「なぞかけ」をやってみまーす

相手:待ってました!

本人:政治とかけて野球とときます

相手:そのこころは

本人:党首(投手)にも保守(捕手)にもなれます

相手:ハーイお見事でーす!!(._.)?

1 前振り

まず

本気・真剣に
トライ・チャレンジした結果

失敗(失態)に終わった場合

そのトライ等に基づく
失敗は無駄になりません

次のステップアップに
必ず生きます

その意味で

失敗は
成功するための
先行投資(必要経費)である

と別稿(後記関連記事参照)
で触れてきました

もっとも

だからといって

全ての行状(ぎょうじょう)
に基づく失敗が

首尾よく
生かされるかといえば

残念ながら
NOです

以下では
その理由について
独見していきまーす!

2 「取り返しのつかないこと」の位置づけ及び「人生の最終章」

長い人生において

「やってはいけないのに
やってしまった」

便宜上これを
「不作為義務違反」
といいます

あるいは

「やるべきなのに
やらないでしまった」

これを「作為義務違反」
といいます

こういう事態に直面する
ことって
他人(ひと)事ではなく
誰でもあり得る話です

以上の点を
一括(ひとくく)りにまとめて

「取り返しのつかないこと」

と言い換えておきます

例を挙げながら
更に話を進めると

「人を殺してはならないのに殺してしまった」

という不作為義務違反の場合

殺人罪という重大犯罪ですから

これが
「取り返しのつかないこと」
に当てはまるのは当然であって
特に説明を要しませんね

念のためここで
犯罪の概念に触れておくと

犯罪とは

法律が保護に値すると認める

利益を侵害し又は侵害の危険にさらす

行為のことです

先の例でいうと

「殺してはならない」という
不作為義務に違反して
法律が保護する「人の生命」を
侵害する行為に及んだ以上

行為者は
行為の際の諸事情を
総合考慮した評価的「結果」
に見合う法的責任を問われます

つまり
刑罰が科されるのです

このように

行為の対象客体が

刑罰を担保に
法律が保護する

利益

に値すれば

その利益に対する
侵害・危険行為を

客観的に
「取り返しのつかないこと」

とみなすのは
容易です

問題は
行為の対象客体が
法律が保護する利益
に当たらない場合

別の角度からいえば

行為者に与えられた
不作為義務・作為義務
でいう

義務

が法的意味合いのものではなく

単に道義的なもの

にすぎないときです

つまり

客観的に

道義的な意味合いの
義務違反があっても

刑罰が科されるわけではなく

もちろん
民事上の問題(損害賠償等)
は残るものの

基本的には

行為者の主観的な部面に
スポットが当てられる
という問題が残るだけ

要は

行為者本人が

人生の最終章

とのフェイズにおいて

当該行為が
実は「取り返しのつかないこと」
であったのだと思い知らされ

痛恨の念

を抱かざるを得なくなる
かどうかです

こうした領域になると
価値観の問題とも絡むので

何人(なんぴと)も
明確な答えを
持ち合わせてません

各人が
社会経験(通念)に基づき
見定めていくのが
建て前といえます

とりあえずトライし
もし失敗したら
これを肥(こ)やしにして
めげずに頑張ろう

などの前向き・楽観主義的な
心構えは大いに結構なのですが

多様化した価値基準のもと

価値観の違う側から

「取り返しのつかないことを
やってしまった人」

とのレッテルを
はられてしまうかもです

例えば

アンチが

ある事象に対し

ここぞとばかり
こぞって「たたいてくる」

という事態も
予想の範囲内

本人が
価値観の違いということで
アンチの振る舞いに動じず
割り切ってしまえれば

それで済むこと
かもしれませんが

あとあと
「ボディーブロー」のように
利いてくるようだと

駅名「人生の最終章」
の改札出口において

胸を張り
晴れ晴れとした気持ちで
通過するつもりだったのに

当時(過去)の情況や心境が

取り返しのつかない
痛恨の極みとして

当人の記憶に
舞い戻ってくる

との心許(こころもと)なさが
残ってしまいかねません(+o+)

3 痛恨の念・極みに対する自衛策

のちのち

痛恨の念・極み
というネガティブな感情
に支配されない
ようにするため

気持ちを後ろに
引きずらないように
留意してます

つまり

自身の中に

行動規範

を確立しました

具体的には

主観面において

「取り返しのつかないこと」

「取り返しのつくこと」

の仕分けをしておき

必要な都度
その分け目を
微修正しながら

自身の行動・振る舞いを
「取り返しのつくこと」
からはみ出ないように
心掛けてます

うーーん
抽象的過ぎて
今一つ
ピーンときませーん

という
あ・な・た

それは
もっともな面があるので
もうひと堀りしておきます

血縁で繋がった
(ただし毒親(どくおや)を除く)関係
はもとより

固(かた)めの杯(さかずき)
を交わす(もちろんオーバー表現です)
などして
結びつきの強さを確かめた
夫婦・主従・師弟関係

において

受けた恩義を仇(あだ)で返す

誓い合うなどした情愛を
裏切って踏みにじる

あるいは

仕事上の
対等な関係であっても

互いに信用・信頼を
構築し合ってきた
にもかかわらず

特段の事情もないのに
一方的に破壊・破棄する

といった行状は

明らかに人後(じんご)に落ち
人の道理に反するものであって

自分的には

ずっと
引きずってしまい

割り切るなど
毛頭できません( ˘ω˘ )

4 余談

「勝てば官軍」
「背に腹は代えられぬ」
などといわれますが

こういう勝ち方で残した
禍根(かこん)が

取り返しのつかない
失態に転化しがち
と心得てます

人生の最終章では

本人の生きざま・行状が
走馬灯のように
蘇(よみがえ)ったりします
(この点はいずれ別稿で触れる予定です)

その時点で
後悔しても
後の祭りなので

目先の一時的な
成功・勝利にとらわれず

無理なく持続可能な
勝ち方
にこだわっていきまーす(^^)

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投稿者: toshi0227(トシ・オフ・フナ)

東京都世田谷区在住,妻子持ち,50代後半(令和3年1月1日現在)男性。法律職公務員。0型・蠍座・寅年。モットー「いまが一番!ここが一番!」「独見・我流」。趣味はテニス・ゴルフ・油絵等。定年退職が近づきつつあるため,社会との接点を確保して認知機能の低下を防ぎ,健康長寿・生涯現役を目指すべく,遅きに失した感はあるものの,思い切って「ユル・ヤワ」に「toshi.blog」を始めてみました。大海原を出航したばかりですが,よろしくお願いします。 ちなみに,ブログの公開表示名「toshi0227(トシ・オフ・フナ)」を「年 of 鮒」と覚えておけば,toshi0227で指名検索する際に便利です(^^)

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