【生活・心構え】エンマ大王による死後の裁きはさておき,生前に待ち受ける「審判」への覚悟はありますか。

#寄り道#
本人:職場先輩
相手:同後輩

相手:印象に残る絵画は何ですか

本人:ローマのシスティナ礼拝堂
の天井に描かれたフレスコ画「最後の審判」(ミケランジェロ作)です

相手:こういった絵画は現地鑑賞が必要なんでハードルが高いなぁ・・・

   

1 悪夢

夢は
レム睡眠中に
形成されます

悪夢でうなされながら
目が覚める

という経験を
誰しも有するはず

夢のメカニズム
について

十分には
解明されてませんが

脳において

蓄積された情報を

整理(取捨選択)する過程で

断片的に

投影されたもの

が夢である

という考え方が有力

そうである
としても

そこで整理される
「情報」は

五感を通じ

実体験に基づき
裏打ちされたもの

に限られません

基本的には

体験したことや
目にしたものが

断片的に表れて

脳の中で
ストーリーとして
作られていったもの

が夢といえる
のですが

実体験してない
ことでも

映像で観ていたり
想像したことがあると

それらを組み合わせて
夢になったりします

この点
更に加えると

誰だって

例えば

ヘビや鬼に追われるなど
魑魅魍魎(ちみもうりょう)
の世界で

もがき苦しんでる
ような悪夢を

見た体験が
あるかと思います

自分の場合

目が覚めた瞬間

「あぁ 夢でよかったー!」

とホッとして

強く印象に残ってる
ケースの一つに

次のような内容の
悪夢がありました

細かいところは
忘れてますが

夢の舞台は
高校時代

入部し
何とか続けてる
野球部を

途中ずーっと
やめるかどうか
悩んだ末

遂(つい)に
やめることにした
ものの

以後
それが高校生活を
卑屈なものに
してしまう

というストーリー

だった記憶です

目が覚めた際

「夢でよかった」
と思うとともに

「野球を最後まで続けて
本当に助かった」

と胸をなで下ろしました

ここで
注目すべきなのは

事実面では
野球を
やり通したのに

現実とは真逆の
夢を見て

極めて
不快な思いをしてる

という点なのです

繰り返しに
なりますが

夢のメカニズム
との関係
でいえば

実体験に
裏打ちされた

記憶の取捨選択に

限ったものではない

と考えざるを得ません

こうみると


特に
悪夢については

意識的に
コントロールできず

潜在意識に基づき
又は
無意識下において

好き勝手に
立ち回ったり
するため

本当に
たちが悪いです

2 生前における「審判」

エンマ大王によって
死後の裁きがあるかどうか
の点は

本稿の趣旨から
外れるので

ここでは
立ち入らず

いよいよ

核心部分

に入りますが

人生の最終章

つまり

最終駅の
改札出口を

自分の
生きざまに

腹の底から

納得」(腹落ち

しつつ通過したい

と願ってる
(後記関連記事参照)

とはいっても

「納得」
というのは

内心の問題であり

内観に帰着します

自身のことは
当人が

一番
知悉(ちしつ)してるので

ごまかしようがない

とみることも
できますが

他方で

生きざま
に対する
評価を

意識的に

むりくりに
割り切ってしまうことも

不可能ではありません

ただ
残念ながら
というべきか

それだけで
終わらせてくれそうにない
のが人生かもです

どういうことか
といえば

人間には
意識による
コントロールの及ばない
領域があるからです

潜在意識に基づき
又は
無意識下において

生きざまの
総決算として

悪夢
ひいては
心身への異変

という形で

「つけ」の精算
を求められる
事態も

一応
想定しておくのが

自分流(^_-)

先出し
してますが

リアルレベルでは
クリア(達成)
してるのに

わざわざ
真逆の夢を見て

ゾォッとするほど
不快な思い
をするのだから

ましてや

後ろめたい
生き方
をしてると

後々の
ダメージが
きつそう

と容易に
見当が
つくわけです

ちなみに

神学(キリスト教)的な
言い回し(新約聖書)
を借りると

汝(なんじ)らは

自身による「裁き」で裁かれ
自身による「はかり」ではかられる

のです

最期の
土壇場で

ジタバタしたり

無様(ぶざま)な
醜態(しゅうたい)を
さらしたくない

というのは

人として
当然の心情

死にざま(死の間際)
において

「審判」

を避けて通れない
ならば

堂々と
胸を張って

その場に
臨めるような
生き方を

日々
積み上げていく
つもりでーす(●^o^●)

3 余談

一般に

若いときの
眠りは

深く

老年になる
につれて

浅くなる

といわれてます

ということは

たとえ

若い時分

ほとんど
夢を見ない
人でも

加齢に従い

目覚めの際

夢を覚えてる
確率が高まる
かもです

いい夢なら
歓迎なのですが・・・

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投稿者: toshi0227(トシ・オフ・フナ)

東京都世田谷区在住,妻子持ち,50代後半(令和3年1月1日現在)男性。法律職公務員。0型・蠍座・寅年。モットー「いまが一番!ここが一番!」「独見・我流」。趣味はテニス・ゴルフ・油絵等。定年退職が近づきつつあるため,社会との接点を確保して認知機能の低下を防ぎ,健康長寿・生涯現役を目指すべく,遅きに失した感はあるものの,思い切って「ユル・ヤワ」に「toshi.blog」を始めてみました。大海原を出航したばかりですが,よろしくお願いします。 ちなみに,ブログの公開表示名「toshi0227(トシ・オフ・フナ)」を「年 of 鮒」と覚えておけば,toshi0227で指名検索する際に便利です(^^)

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