【マインド・戦略】おそれ多いですけどお釈迦様にモノ申します(..)

1 空想の世界

しばし

空想の世界にいざなう
コトにします




戦時中

ある島での
局地戦が

舞台




片足を負傷した
男性兵士Aは

前線を離脱し

野戦病院にいました



体育館のような
場所に

負傷者が

所狭しと

ゴロゴロ




前線復帰を免れた
Aは

本土に向けた船舶輸送の
順番待ちの状態



何日も待たされ



よーやく

乗船の日が
決まります




乗船予定の当日



ベッドに横たわってた
Aは


あらかじめ配布された
整理番号札を握りしめ

乗船時間を待ってると



重傷の女の子が

館内に運び込まれ

救急班員が


誰かぁ

女の子と

乗船を代わってくれないかー!


と声を張り上げてます



周囲が騒然となる中

救急班の近くの
ヒトごみの中から

手が挙がる
と同時に


「●●番」だけど

オレが

代わってあげてもいいよ


との申出があり




輸送班員が


「●●番」だな

ありがとう!


と告げて

そのまま
女の子を運び出し

付き添ってた
女の子の両親が

代わってくれた
ヒトに

何度も
アタマを下げてます




少し離れたところにいた
Aは


譲ってあげたヒトの
整理番号を

聞き取るコトができなかったものの


大したモノだ


と感心しつつ



集合時間が近づいたので

集合場所に赴き

輸送係員に

整理番号札をみせると



同係員から


さっき

この番号の分として

女の子が乗ったよ

交代したんだろ


と告げられ



一瞬

戸惑いつつ

すかさず
コトを察し


あぁ

そうだそうだ

そうだった


と応じて

そのまま

元のベッドに戻る
コトにし


その途中


はり出された
掲示板を見て


次の輸送予定日が

1か月先であるのを

確認しました




ところが

数日して

益々
戦況が悪化する中



館内放送で



敵軍の上陸が迫ってる



動けるヒトは

前線に加わり

玉砕覚悟で


徹底抗戦を!



動けないヒトには

自決用の手りゅう弾を
配布する


旨が再確認されます




放送を聞き終えた
Aは

ポケットから

1枚の写真を取り出し

しばらく

じーっと

見つめ

かすかに
微笑(ほほえ)んだ上

再び

写真を
しまい込みます



写真には

妻と

譲ってあげた女の子と
同年代くらいの

一人娘が

写ってました





数日後

前に会った
輸送係員が

Aのところに

手りゅう弾を
持ってきます



Aは


まだ動ける

兵士らしく

前線で
戦わせてくれ


と頼むと



同係員は


うーん・・・

分かった!

配置命令が出たら

オレが
迎えに来るから


と告げて

帰ろうとすると




Aが


あーっ

ちょっと待って


と告げながら

同係員に近づき


その耳元で



手りゅう弾は

もらっておくよ

一斉突撃に参加できないとき

役に立つと思うから


とささやくと




同係員が

苦笑いしつつ

Aの耳元で


本来

前線参加者には

与えないんだぞ


と言いながら

そーっと
手りゅう弾をAに渡し


帰っていきました


2 幸福論・因果律に対する注文

Aに代わって

手と声をあげた
ヒトに対し


天誅(てんちゅう)を与えたまえ


とは言いません




せ・め・て

Aのように

陰徳(いんとく)に及んでる
ヒトが


しーっかり


報われる
世の中であってほしい


と願ってます




といっても


何がなんでも

今生(こんじょう)において

と求めるモノでは

ありません




善根を

きーっちり

来世に生かせる


ような仕組み


でないと



ただでさえ

道徳・人徳が軽視されがちな
世の中なのに


時の経過とともに

ますます

」がはびこる状況に

つながりかねません




ですから

善根の「因」が

厳然と

来世に向けて

果報となるような
仕組みが

人生戦略上

欠かせない

と捉えてます(-.-)





生身のヒトが発する

」と「

」と「

などから離れて


超然とし過ぎる

概念的な


」のための「


を唱えたところで



平々凡々に生きる

まじめだけが取り柄の

ヒトは

救われなかったりします





せっかくの機会なので


ハラウチ

オモイタケ

言わせてください



執着するな

こだわるな


その言わんとする
趣意は

それなりに

分かってるつもりですけど



実社会で

現に
闘ってるヒトからすると


世俗から距離を置いた
達観者の


特権(タワゴト)に
過ぎないんじゃないの


と映ったり




はたまた

ごくフツーの
「いい」ヒトを

救えないような

「理」なんか


意味あるの?


との

声が
聞こえてきそう・・・




「色即是空(しきそくぜくう)」

すなわーち

全てが
実体のない「空」であり


因果律・輪廻転生から解放され

煩悩が消え失せる境地が

「悟り」である




この教えの深遠さは

凡夫(ぼんぷ)の
自分でも

何となーく

感じ取れるものの



申し訳ないですけど

率直に言って

厳(おごそ)か過ぎて


生きてる間に

煩悩を消滅させるような境地

つまーり
悟りを開いたヒト(ブッダ)って

いまだ

お釈迦様一人だけ
じゃないの


などと
皮肉りたくなります
_(._.)_




誤解なきよう
断っておきますけど

お釈迦様が

人類史上

最大の功労者の一人なのは
間違いなく


個人的にも

最上級の
リスペクトの対象です




でも・でも・でーも!

深遠な哲理に対し

おそれ多いと思いつつ

言わせてもらうと


どうしても

不全感が残るのです
(-_-)




というコトで

ここからは

オハコの独見

はじまり・はじまりー!



煩悩が消える境地に
至らなくても


つまーり

執着してようと

こだわりがあろうと


もしくは

不安や悩みを抱えていようが


ぜーんぶ

ひっくるめて


当人が幸福だったと
納得(観念)できれば

この境地が来世に生かされる
との選択肢を残すのが

人生戦略上

妙策

と心得ます
(●^o^●)




もとより

当人が奥底から望むなら

因果律(転生)から解放された

死後における

幸福の境地(パラダイス)があっても
いいし


コレにより

「死」を前向きに捉え得る
メリットがあるのも

確かです




ただたーだ

死後の
絶対的幸福といっても


所詮
観念論なのだから



生前であっても

当人が

幸福と観念すれば

それは

当人にとって

他から

左右されず侵されない

絶対的な境地となり得るし

幸福の内実や度合いは

ヒトそれぞれ違った

相対的なモノ

とみても

構わないワケで

そうであれば

幸福の境地を

死後の世界に限定し

そこに固着させる必要は
ないはず




せっかくですから

ハッキリ
言わせてもらいます



今生で

善根を積んだヒトには

それを「次に」

きーちり

生かしてほしいし

生かせる世の仕組みであって
ほしいのです



少なくとも

そのような観念を抱く
ヒトから

その機会を奪ったりしない


懐のふかーい
幸福論


個(ヒト)の観念を尊重する
因果律


を声を大にして

リクエストしまーす(‘;’)




この辺りの想いは

下書き保存中の下欄記事で

もう少し
掘り下げて

触れてますので


興味関心のある方は

乞うご期待!

(仮題)
【万考・夢想三昧】因果律って「生」と「死」を通じ常に作用するのですか


3 舞台ウラ

冒頭の場面以降

Aがどうなったのか
については

あえて触れず


読者の想像に

ゆだねるコトにします




さてさて

妻子の写真を見つめてた際の

Aの心情(観念)は

どのようなモノだった
のでしょうか


たぶん

自身のコトは

二の次で


今回の陰徳が

妻子の幸せにつながる


と信じて期待した

にちがいありません




たとえ

この地で

屍(しかばね)になった
としても


陰徳に相応する分が

妻子を守る方向で

返報される

と念じてたはず



このように

信じて念じきれるからこそ


納得して

死を受け入れられるのだ

と心得てます




もちろん

Aが観念したからといって

その陰徳が

直ちに

妻子に反映されるワケでは
ありません



ここは要諦(ようてい)ですから

もう少し
踏み込んでみます


例えば

遺品として

Aの前記写真が
妻子に届けられ

妻子が
Aの想いを察したとき

Aの観念と妻子の観念が
通じ合いますから



コレにより

Aの陰徳が
妻子の因果律に影響し得る


と整理してます




最後に

もう一度
言わせてください



自己本位に

死後のパラダイスに浸るのも

もとより
ヒトそれぞれですけど



自分は

独尊・自愛(じあい)ではなく


ひろーい

慈愛


を欲してます
(^^;)



自身のコトは後回し
というヒトだって

フツーに
いたりするワケで


最愛のモノを

救えない

関係し合えない

「真」や「理」では


到底
納得できない

と感じる

この頃(令和4年8月)です
( ˘ω˘ )


4 余談

どっかの記事(別稿)において

空想レベルですけど


種(体)の保存のため

ヒト(知的生命体)が
舞台(当宇宙)に配役された


旨前振りしました(‘_’)




ただたーだ

誤解なきよう
断っておきますが



舞台用の台本(シナリオ)において

あらかじめ

カッチリと

ストーリーが定まってる
ワケではありません


例えば

舞台の演出装置として

因果律が設けられてますけど


「律」というルールを
仕組んだにすぎず


因果の具体的な中身に
至っては

いうまでもなく

個々の生命体の
活動次第であって


要所・大枠以外は

各役者に任せる
コトにより

個を尊重してるのです



加えて

転生を望まない当人に

ムリやり

因果律を適用する
コトもありません

観念が通じ合ってない
からです




ともあれ

時空を超えて
種(体)を保存できるかどうか

その過程を含めて未知数だからこそ

娯楽性に富んだストーリー展開に
なるワケで


演者の自由裁量度が狭いと

せっかくの舞台演出も

台無しになりかねません
( ^)o(^ )



なーお

以上の詳細は

下書き保存中の諸記事に譲る

コトにします(^-^)


5 追記

コレまで

月2回の割合で

一般読者向けに

記事を
投稿してきましたけど


今後(令和4年11月以降)

月1回の投稿頻度に
変更予定です



でもでも

その時の気分に従い

日々の
気づきや感じたコトを

ホーム画面上の掲示板に
つづるつもりですから

たまーには
立ち寄ってみてください!

(●^o^●)





※ホーム画面にもどる!





投稿者: toshi0227(トシ・オウ・トウ・トウ・セブン)

都内マイホーム、妻子持ち、シニア層男性。法律職公務員。0型・サソリ座・トラ年。モットー「いまが一番!ここが一番!」。スローガン「時空を超えろ!」。趣味はテニス・ゴルフ・油絵等。定年退職が近づきつつあるため、社会との接点を確保して認知機能の低下を防ぎ、健康長寿を目指すべく、遅きに失した感はあるものの、思い切って「ユル・ヤワ」に「T.H.BLOG」を始めてみました。大海原を航海中ですが、よろしくお願いします。 ブログの公開表示名「toshi0227」は「トシ・オウ・トウ・トウ・セブン」と読みまーす(^^) スタエフ(音声配信)・インスタもやってます(^<^)

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