宴会
本稿では
宴会(えんかい)
のコトを
飲食を共にして
お互いのコミュニケーションを
深める行為
と定義づけておきます
通常
数人程度のモノは
宴会といいません
ほかに
類義語として
宴(うたげ)
饗宴(きょうえん)
飲酒を主目的とする飲み会
パーティ
などなど
以下では
ビジネスに絡むモノに焦点を当て
プライベートの側面は除く
コトにします
宴会の
メリット
宴会のメリットについては
言い尽くされている感が否めないので
次のとおり
簡単に
ポイントだけまとめてみます
①普段話す機会の少ないヒトとも会話ができる
②自身を知ってもらい相手を知るコトで仕事がスムーズになる
③上司との距離感が近づく
④理解者(人脈)を広げる機会となる
⑤普段口にしないような飲み食いができる
⑥社会人としてのマナーや知識が身に付く
本音トーク
通り一遍の
当たり障りのない内容で終わっては
わざわざ
本稿をリリースする意味が
ありません
たーだ
そうはいっても
コレから
触れる内容は
有益な情報の提供という意味合い
よりも
自身のココロの整理
つまーり
棚卸的な側面が強いです
(・ω・)
ではでは
前振りは
この程度にして
本音トーク
始まりはじまりー!
仕事上での自身の立場を
抜きにした上で
言わせてもらえば
宴会は
いまだに
できれば避けたい
てかてか
ハッキリ言って
嫌い!
です(..)
振り返ってみると
ずーっと
そんな感じ
言い直せば
社会人になって以降
その感情との戦いだった
気がします
(・.・;)
もともと
社会人生活を
下戸(げこ)
でスタート(‘_’)
父親の酒癖の悪さを
反面教師にしながら
自分は
あのようには
ぜーたい
ならないぞっ!
との
カターい決意で
成人の仲間入り!
なのに
社会人になって6年目くらい
からでしょうか
ちょうど
職場が大阪になった頃
からです
嫌悪して
フタをするのではなく
飲酒と
うまく付き合ったほうが
お得じゃーん!
との
自身の内なる声に従う
のが得策
と考え方を軌道修正
(^_^;)
とはいっても
いまだに
ビールのエグミ(渋み)は
苦手だし
ハイボールも
好きになれません
(。-_-。)
さーてと
話を戻して
信念に準じたカタい決意を
転向してまで
得策と捉え直した
ワケって
一体
何でしょうか
既に
宴会のメリットを
前振りしてますから
察しがつくかと思いますけど
宴会の本旨である
「お互いのコミュニケーションを
深める」点
具体的にいえば
バカ話をしながら
相手の「ヒトとなり」が
分かったり
率直な意見交換を通じて
気づきを得たり
要は
自身を知ってもらう
とともに
ヒト・コト・モノを知る
との有益な社交の場に
なり得るから
やーっぱ
飲みにケーション
捨て難いところがあるのは
確かなんです(..)
こうしたメリットを
それなりに
心得ているので
置かれた立場に応じて
アルコールをたしなむように
なって以降
むしろ
飲酒の場を
誰よりも楽しんでいるかのように
振舞ってきました
(;´・ω・)
けどけーど
コレって
見方によっては
本心を
悟られないために
鉄仮面(てっかめん)をつけて
おどけてきた
ピエロ戦士
のようなモノ(‘;’)
加えて
始末が悪いのは
宴会を終えた
帰り際(ぎわ)に
ちゃーっかり
ホント
有意義だった
参加してよかったぁー
などと
達成感のような感覚に
包まれるコトが
高確率で多かった点です(^^)/
とはいっても
本稿の趣旨が
曖昧(あいまい)になっても
いけないので
念押ししておきます
宴会は
ガチで
苦痛以外のナニモノでも
ありません(..)
なーお
以上は
飲酒の点にスポットを当てた
一人語り
でしたが
実のところ
アルコール以外の飲食料理に
視点を移して
振り返ってみた場合
宴会の会場は
それこそ
居酒屋からホテルまで
さまざまですけど
客観的にはともかく
主観的には
正直言って
ここの料理
おいしそう!
チョー
おいしい!
などと
社交辞令ではなくて
ホンネベースで
五官(ごかん)に感じたコトが
一度も
ありません(-.-)
どうしてなのか
翻(ひるがえ)ってみるに
それは
単純明快!
しっかり
味わっていない
からです(^^)
ではでは
なーぜ
そうなってしまうのか
コレまた
明々白々!
情報収集等の役回りに余念がない
ためです
たーーだ!
例えば
会話に夢中になりすぎて
飲食の暇(いとま)がない
というわけではありません
あくまで
飲食は
主役である会話の
つなぎ
になりがちなため
味覚等の五感(「五官」とは違います)
の活用は
二の次・三の次になるのが
現実だったり……
豪勢とは程遠い(表現に難アリ?)
にもかかわらず
妻が作ってくれる
夕飯には
ビジネスが絡む範囲内
でみるなら
どの一流ホテルの料理であろうと
全く
歯が立たないのです
( ˘ω˘ )
あのーっ!
こっそり
告白しておきますけど
結婚式への出席(及びその飲食)は
パーソナル扱い
ですから
(;^ω^)
余韻1
現在(令和4年9月初旬)
コロナ禍の
第7波の最中(‘_’)
コロナ禍の前から
職場内で催す飲み会は
自粛する動きがあって
専ら
職場の外で
セッティングされていました
それが
コロナ禍により
外での宴会等も
自粛が続いてます
コロナ禍自体は
一刻も早い
収束を願ってますが
本文で触れたとおり
飲み会はできれば避けたい
タチなので
宴会の自粛が続いている点は
飲食業界の方々には
大変申し訳ないですけど
あくまで個人の立場では
好意的に捉えてます
当時
理想の上司として
常連組だった
テレビドラマ「鬼平犯科帳」の
長谷川平蔵(へいぞう)が
難事件解決の前後に
密偵らと軍鶏鍋(しゃもなべ)を囲む
お約束のシーンは
昭和の古(ふる)びれた
残滓(ざんし)
であって
いまの時代では
完全に
見切られている
と感じてます
(-ω-)/
そうはいっても
コロナ禍が収束し
従来どおり
宴会等が
セッティングされたら
公職中はやむなし
と割り切り
再び鉄仮面をつけ
忍辱(にんにく)の鎧(よろい)
をまとい
ピエロ戦士として
自らの役回りを演じ切ってる
シーンを
容易に
想像できてしまう
自分が
少し
コワーいです
(^_^;)
いうまでもなく
当人が
楽しんでいるなら
ぜーんぜん
問題ないですけど
そうでない部面も
当然に
存在する中で
その向き合い方には
コレだー!
といった正解はない
と心得てます
(´-ω-`)
ヒトそれぞれが
自己都合で決めていけば
それで十分!
(●^o^●)
余韻2
ようやく(令和5年5月)
新型コロナの関連法規上の
位置付けが
5類に引き下げられました
飲食業界等には
活気が戻り
「脱コロナ」が
急速に進んでます
自身の職場でも
年中行事的なモノ(飲み会等)は
復活の兆し
なおなーお
一個人の感想ですけど
せっかく
コロナ禍により
立ちどまる機会を与えられた
のだから
唯々諾々(いいだくだく)と
従前の流儀に戻る
のではなく
改める余地がないのかどうか
の意識を持つのも
マジ大事と思ってます
(・_・;)
おまけで
超ホンネトークをさせて
もらうと
公職を離れた(退職)
暁(あかつき)に
心底
ヤッター!
と感じるであろう
一つに
飲み会からの解放
を挙げておきます
そのくらい
飲み会は
大〇〇!
なのです
(*‘ω‘ *)
余韻3
ついに
昨晩(令和5年6月某夜)
3年ぶりくらいで
職場主催の懇親会(飲み会)が
ありました
注目の出席率
良好とはいえなかったですが
それなりに
盛況に終わってます
一方
自分はというと
そんなに飲んだつもりは
ないのに
翌朝
鈍痛に
攻められまくり
(~o~)
いつまで
ピエロしてんだろう
と思いつつ
ホント人生って
我慢比べだー!
を改めて痛感
(`・ω・´)
余談
文字どおり余談として
話をガラッと変えます
巷(令和5年6月中旬頃)では
「所得低い人ほど牛丼チェーンで
店員に『ごちそうさま』と言う」
との SNS上のツイート
に関連して
牛丼チェーン店で牛丼の食後
「ごちそうさま」
と言うかどうか
議論が
巻き起こってます
自身がみてる範囲だと
所得の多寡(たか)
にかかわらず
「ごちそうさま」を言うのが
主流(多数派)のようです
独見・我流を自認する
身としては
この議論の輪に
しゃしゃり出たく
なりました
(`・ω・´)
それで
自分の場合
食べ終わった直後
はもとより
お膳(ぜん)を返す際も
「ごちそうさま」
の発声をしていません
「おいしくいただきました」
との気持ちがある
からこそ
牛丼を
食べたいときは
競合店が存立する中
余裕が十分あるとはいえない
お昼休みに
わざわざ
往復合計20分をかけて
同じ店(職場最寄り駅近くの「〇屋」)
に足しげく通うのです
御託(ごたく)を
並べちゃってますけど
コレ(声掛けの有無)って
自身の性分(しょうぶん)による
ところが
大きいのかも(‘;’)
ヒトの心理って
思ってる以上に複雑
ですから(‘ω’)
疑義なきよう
断っておきます
その場できちんと
気持ちを伝えているヒトに
敵わないのは
しっかり自覚済み
(・.・;)
でーーも
感謝の気持ちがあっても
その伝え方は
ヒトそれぞれ
少数派にだって
それなりに言い分はある
のです(..)
なおなーお
差別化を狙(ねら)う
とすれば
お客様!
食後の感謝は発声せずとも
お気持ちだけで十分です
との店内掲示があっても
おもしろそうかも
もーし
そんなお店があったら
個人的には
お客さんの微妙な心理を
良く分かってる
ステキなお店だな
と感心しきり
になるはず
(#^^#)
ではでは
お待たせしました
最後の
締めコトバでーす
もとより
自身の所得は
公言できるほど
高くなーーい!
と承知してます
(。-_-。)
追記
良き伝統って
ホント?
外は35度以上の猛暑日
(令和6年7月下旬)
そんな中
職場の自席に
業界内で周知されてる雑誌
の回覧がありました
その雑誌の巻頭言(かんとうげん)の一部を
抜粋すると
概要は次のとおり(‘_’)
=====
先輩からいろいろ教えられたコトバが
ふとアタマに浮かんでくる
コレらのコトバは
私にとって貴重な指針になってきた
最近
コロナ禍が原因で会合や飲み会が
減っていると聞く
残念である
できれば若いヒトには
多くのヒトと親しく接し
有益な話を聞いてもらいたい
必ず一生ココロに残る
貴重なコトバに出会う
貴重なコトバが伝えられる
コトにより
良き伝統が守られていく
=====
まだ現役の身であるだけに
率直なモノ言いは
少しはばかられるものの
ここまで書いたので
ためらわずに吐露(とろ)します
先の巻頭言を読んだ
最初の感想って
良き伝統って
ホント?
でした(..)
自分の場合も
先輩諸氏を通じて
一生ココロに残る貴重なコトバに
出会ってますけど
(当ブログでも何度か紹介済み)
その出会いの機会は
一部例外を除き
正規時間内においてです
(。-_-。)
もーし
巻頭言が
飲みにケーションを推奨してる
とするならば
違和感を覚えます
(・.・;)
ましてや
飲みにケーションを守るコトが
「良き伝統」の伝承・継承に繋がる
と強調してるのだ
とすると
申し訳ないですが
その見当違いに対し
背筋がゾーッとします
(*‘ω‘ *)
注)今回の書き手において
飲みにケーションを推奨する
意図がなかったとしても
読み手に対し
そういう誤解を与えかねず
配慮が足りてない
というほかありません
(´-ω-`)
OBを含む
組織・業界の大御所が
いつまでもそんな意識では
日本株式会社における
女性陣の幹部登用率は低迷のまま
との懸念を残すコトに……
(`・ω・´)
根深く巣食う悪しき意識の改革を
断行するには
感染済みの意識を根治的に治療する
のは困難だとしても
新たな意識への感染拡大を防止する
対症療法は比較的容易なはず
つまり
悪しき意識の伝承・継承をできるだけ
遮断(しゃだん)するコトが
むしろ現実的な治療法になる
と捉えてます
(#^.^#)
※ホーム画面にもどる!
