共感って大事!
まーず
共感って何?
英語なら
エンパシー(empathy)のコトですけど
他者と喜怒哀楽の感情を共有するコト
とか
他者の気持ちや感じ方に自身を同調させる
資質・チカラ
といわれたりします
ではでは
組織・集団・対人関係において
共感(力)が大事なのは
少なくとも
感覚レベルなら
誰だって分かってますよネ
じゃあ
どうして?って言われて
コレを理路整然と説明する
のは難しいかも
もったいぶらず
ザックリ
表現してしまうと
共感力にデコボコがあると
見込み違い・想定外のリスクが
高まるから
だと捉えてます
もう少し
掘り下げると
地域・組織・個人の安全・安心を
維持・向上させるコトが
求められるところ
安全の点は
科学技術といった
客観的側面により
担保が可能だったりしますが
安心の点は
ヒトの関与を完全には排除できない
今般において
どうしても
大なり小なり
ヒト任せの部分が残ってしまいます
ほんのちょっと
砕いて言い換えます
理念を掲げ
目的・目標を周知しようと
努めても
共感力の弱い部面があると
認識の共有が不十分だったり
相互に補充し合えない
事態が起こり得るばかりか
場合によっては
想定外の局面に発展しかねない
リスクが残るのです
( ˘ω˘ )
この程度に
しておきますけど
大げさにいえば
組織等の存立にも影響しかねないなど
共感(力)って
大事!
なんです( ^ω^ )
どうでもイイ蛇足ですけど
さっきの「大事!」の点
ちょっと拍子抜けじゃなかった?
いつもの調子なら
ここは強調し色付けの大文字でしょ
って(‘;’)
だとしたら
当ブログのヘビーリーダー当確!
以上
ここまでは
新味(しんみ)のない
ありきたりな内容にすぎないのは
自覚済み(-_-;)
コレで終わっては
本稿をぶち上げた意味がないし
タイトルにも整合しないというか
わけが分からずに
終わってしまいかねません(..)
共感を求めるって
前座が続きましたけど
いよいよ
真打登場!
独見
始まりはじまりー(^<^)
マネタイズ(収益化)の場面において
相手(顧客)の承認欲求を充足させる
スキルとして
共感(力)が重要なのは
いうまでもありません
まーた
人類史的にみても
一定人数による
(最適数が150人程度なのは後記のとおり)
共同社会生活では互助の精神が尊重され
共感がそのベースとなっており
変容されているものの
今日に至るまで
その系譜が続いてます
でもでーも
ここでは
そういった
まかり通る正論は一旦脇に置いて
視座を切り替えてみます
つまーり
相手の気持ちに同調して
その承認欲求を満たしてあげるのは
立派なスキルだし
コレをごく自然にできるなら
強力な武器になり得ます
たーだ
問題なのは
相手に共感を求める点
すなわち
自身の承認欲求を相手に充足してもらう
ように欲するコト
コレなのです
どうして問題視するのか
といえば
相手に下駄を預ける形となって
自らコントロールできない
状況に陥るから”(-“”-)”
幸せの基準・成否を外に求めるのは
愚策
と心得てます
( ^)o(^ )
そういえば
コレまで(令和5年1月現在)
曲がりなりにも
情報発信をしてみて
感服するコトがあります
何かーっていえば
ツイッター(現「エックス」)上
ときたま
フォロー数のほうが
フォロワー数よりも
圧倒的に多いヒトを見掛けるのです
自分的には
密かに
リスペクトの対象になってます
(^-^)
自身の承認欲求はなおざりにしながら
相手に共感を与えまくってるため
少なくとも
自分には
マネのできない
ギブのありよう
だと捉えてるので(^.^)
こういったアンバランスの点を
気に留めず
平気でいられる
ヒトって
アドバンテージ(強み)を
握ってますよネ(^-^)
あとあと
この強みを逆手(さかて)にとって
カモろうとするヒトがいたりするカモ
(余計でした(..))
だから
都合よく悪用されないよう
気をつけさえすれば
マインドとして
チョー有用なのでは(‘ω’)
なおなお
だったら
相手に
自身の承認欲求の充足を求めないし
自身も
相手に共感しないようにする
のはどうですかぁ
との声が聞こえてきそう(‘_’)
ウ~~ン
そうですネェ
後者の点はさすがに行き過ぎというか
疑問符が残りますけど
前者との関係でいえば
何を隠そう
自分の場合
ビジネス(職場)以外の
パーソナルな部面では
戦略的に
いわば
鎖国的振る舞い
をとったりしてまーす
_(._.)_
例えば
フォロバ(相互フォロー)等
返報性が幅を利かす場面では
基本
コレをムシしてたり……(..)
セカンドステージでは
心理的にメンドウと感じるコトを
できるだけ省略して
「わがまま」で
いえいえ
言い回しが
ストレートすぎました(..)
言い直すと
自身に素直でいたい
のです(;^ω^)
何事も「言いよう」
(●^o^●)
ですから
表現力も
表層的だったり
悪意悪用でなければ
スキルとして
侮(あなど)れないし
あって損はないみたい
(^・^)
余談
脳と共感力
いつものように
余談でーす!
哺乳類の総称である
霊長類(れいちょうるい)の中で
ヒトの脳が
大きく発達したのは
どうしてだと思います?
ザックリ
触れてみますネ
小規模の
共同社会(村落)といっても
自給自足ではなく
自然の恵みに頼って
狩猟(しゅりょう)採集を手段とする
共同体の場合
その最適な村民人数は
150人程度
といわれてました
その後
コトバを駆使し
農耕・牧畜ひいては産業を興(おこ)し
人口を急増させる
などして
現代に至るわけですけど
見返りを求めない家族のような
小集団
相互に役割を認識し助け合う
共同体
をちゃっかり
使い分けてますよネ
そして
このような集団・共同体を形成維持する
に当たり
身内・仲間の事情や気持ちを理解し
生起する諸問題を解決するとき
重要な役割を果たしたのは
御想像のとおり
高い共感力だったのです
( ^ω^ )
しかも
コレによって
ヒトの脳は
大きく発達を遂げました
( ^ω^ )
というコトで
最後に
タイトルとの帳尻を合わせれば
コレまでの内容から
共感力って
超大事!
だと分かります……ネ
(しっかり強調させてもらってまーす)
(*´ω`*)
追記1
盲目盲点になる
ここんところ(令和6年10月現在)
最重要の一つを忘れがちになって
いたのです(..)
急にどうした?
ですよネ
コレまで機会あるごとに
読者の共感獲得を狙っていない
と豪語(ごうご)してます
この方針自体は変わっていない
のですが
いつしか
ヒトが紡ぐ文章の内容に
自ら共感する点まで薄れていた
というコト(-.-)
そして
情報発信者としての
心持ちのズレが
仕事面にも知らず知らず
反映されてしまい
他者に寄り添う気持ちが希薄になって
いたのです(。-_-。)
職場を通じて
ハタと気づくハメに……
現に一時期
プラットフォーム上で
共感という文字をみると
嫌悪感のようなモノを抱いて
しまってましたから(・・;)
時計のゼンマイを巻き戻す
がごとく
もう一度出直して
ココロの在り方を再構築する
つもり(´ω`)
情報発信者にとって
困ってるヒト
立場の弱いヒト
に寄り添いその心情に共感する
点って
基本中の基本のはずなのに
いつの間にか
盲目に陥り
盲点になるなんて
思ってもみなかったです
(´-ω-`)
徳川軍が三方ヶ原で武田軍に大敗した
教訓を生かすため
苦虫をかみつぶしたような自画像
(絵巻物)を残した家康を見習って
二度と繰り返さないよう
しっかり書きとどめておきます
(`・ω・´)
あのさぁ
共感力を軽んじるなんて
マジであり得なーい!
感性感覚の麻痺(まひ)にも
ほどがあるぞぉ・ぞっ・ぞー
(;´・ω・)
幻聴クーン
何か付け加えたいコトありますかぁ
(まずはその御都合主義を正したらぁ)
ボコボコ(サンドバッグ状態)になる前に
終了させてもらいまーす
(*‘ω‘ *)
追記2
共感とニーズの関係
見方によっては
書き手(情報発信者)に関するド真ん中の話
になりそう(‘ω’)
昨年(令和6年)師走(しわす)にリリースした
当記事(既出分)において
共感力が超大事と
自身の反省も込めて
つづったばかりですけど
当稿(サブタイトル)でも前提となるので
簡単におさらいしておくと
共感の点を
①自分がヒトに同調する側面
②ヒトが自分に同調する側面
と仕分けした上
前記記事において
②の点を望まないのは変化がないものの
①の点を再確認しました
ハーイ
ここまでがおさらい(‘_’)
ではでは
早速
具体的な中身に入るとして
以下では
前記①②の両面を
②①の順に掘り下げるつもり
(。-_-。)
②ヒトが自分に同調
①の側面は望まない(重視しない)
からといって
投稿記事の内容が
自己チューで第三者目線を無視している
わけではありません
自分軸で書き残しておきたい内容だったり
するのは確かですが
コレにとどまらず
ためになりそう
面白そう
楽しめそう
元気になりそう
ほっと安心できそう
ココロを動かされそう
などの観点
からつづっているのも
間違いないのです
注)ただただ
自分のやり方をベースにするため
政治経済
財テク等の投資
恋愛結婚
色情系
ガジェット
食レポ
旅行
娯楽(エンタメ)
等のネタは原則として念頭に置かず
除外してます
(´・ω・)
要するに
内容面では
第三者目線を強く意識してる
のですが
効果(結果)面は
特にこだわっていない
という整理が実態にマッチ
してます
(・ω・)
誤解が残らないよう
もう一度繰り返しますよ
内容面では
コレでもかぁ
っていうくらい
こだわり抜いてます
(`・ω・´)
ここまではイイですネ
でネ
いくら内容にこだわったつもりでも
読み始めてくれるかどうか
最後まで読み進めるかどうか
はいうまでもなく
読み手の自由勝手
つまり
読み手にゲタを預けないといけない
わけです(+_+)
しかも
読むかどうかなどの点って
ヒトそれぞれの
興味関心
思想嗜好
価値観等
ばかりでなく
ハナ持ちならない
イケ好かない
などの感情面によっても
左右されがち
(´・ω・)
こういう採算の立ちにくい
土俵には上がらない
主義なので
望まない期待しない
との戦略に舵を切った
わけです(#^^#)
①自分がヒトに同調
前出の紹介記事で再確認したとおり
書き手(情報発信者)にとって
この側面でも共感は基本中の基本(‘ω’)
いくら強調しても
しすぎるコトはありません
(と肝に銘じました(^^;))
ではでは
ここから
書き手にとって重要かも
と思える内容に立ち入っていきますよ
( ^ω^ )
前記①の側面では
こだわり抜いていると語りました
主観的にいくらこだわろうと
本人の勝手ですから
別にそれでイイとして
問題はその具体的内容
すなわち
ためになるおもしろいなどの前記観点
による記事の中身が
一般(不特定多数)のニーズに
適合してるどうかなんです
(´-ω-`)
言い直せば
本人の主観的達成度が
一般的ニーズを満たしているか
否かという点(-_-)
まだ分かりにくい……ですネ
大丈夫!
更にかみ砕きますから(^_-)
書き手において
知識経験が不十分なため
記事の内容が一般的ニーズに達していない
場合であるなら
今後知識経験を補っていけば
同ニーズの充足は時間の問題
そして
記事内容が同ニーズを満たすのに
読み手の好き嫌い等の属性に左右されて
読んでもらえないなら
本人ではコントロールが不能な
無理ゲーの世界となるので
ジーっと時を待つか
後記のとおり軌道修正する
のが吉(-.-)
対して
留意すべきなのは
読んでもらえない理由が
知識経験の不足ではなく
かつ
読み手の属性でもない
ときです(*_*)
端的に言っちゃうと
知識経験があっても
一般的ニーズに応えてないならば
それは
本人が情報発信者として向いていない
言い換えると
本人につき
ヒトの感情に同調する共感力
に不足(ズレ)があるため
ためになるおもしろいなどの前記観点
からの内容に到達できず
つまるところ
一般的ニーズに届く情報発信が難しい
と帰結されます(・_・)
同調の感情を取捨選択
ところで
同調の対象となる感情は多種多様(‘_’)
実際上
ためになるなどの前記観点からの内容は
自分の場合をベースにするため
前出のとおり
かなーり
限定されちゃってます
逆にいえば
例えば
財テク等の投資
色情系
等ヒトの本能に訴えたり
限定された領域(ニッチ)に特化して
少数派の感情をターゲットにすれば
注)例えば芸術の分野だと
仮に
創作側のメンタルが分裂気味であった
としても
一般の感覚感情からかけ離れた
独特な表現がニッチ層に同調され
それを足掛かりとして
広く評価されたりしますから
(・ω・)
共感力不足やその射程の限定
といった点が表面化深刻化する
のを回避できるはずなんです
“(-“”-)”
つまりネ
同調される感情(対象)を戦略的に
取捨選択するコトにより
一般読者の本能的ニーズ
に応えたり
限定された特異なニーズ
を狙(ねら)う
方向に舵取りするのが可能
というコト(´・_・`)
理解大丈夫?
ちょっとムズいかも(._.)
よーし!
ムリクリ
ワンフレーズで言い直せば
自身の共感力が一般読者の感覚と
ズレていないかを留意しましょ
となります
(´・ω・)
コレでも
ダメ?
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