創業と守成
「創業は易く 守成は難し」
(そうぎょうはやすく
しゅせいはかたし)
とのことわざがあります
正確には
「創業守成」の四字熟語
(「十八史略」より)
ですネ!
新規事業を興(きょう)ずるよりも
それを維持するほうが難しい
との意味合い
ここに
「創業」とは
特定の目的・理念に基づき
事業を始めるコト
「守成」とは
創業後その事業を維持するコト
本稿では
話を分かりやすくするため
創業時を戦(乱)時
守成時を平時
とイメージする
ようにします
名君と暗君
創業から守成にかけて
名君と暗君(あんくん)の
分岐(ぶんき)点って
何だと思います?
目下の課題克服
特に
乾坤一擲(けんこんいってき)
の大勝負に出るとき
戦力を集中して一点を突破するのが
上策(じょうさく)です
この場合
迅速な行動が肝となるため
トップダウンが有用・合理的
創業に向けてまい進中は
トップ・リーダーも意識的に
謙虚さを持ち合わせてるので
幹部(軍師・参謀)の意見を
積極的に取り入れたりします
ところが
目的達成・成果獲得に至り
実績・信用という
トロフィーをつかむと
崇(あが)められ(神格化)
次第に
孤高の存在となり
耳の痛い目障(ざわ)りな
幹部等を疎(うと)ましく感じ
終(しま)いに
自身よりも優れた功労者を恐れる
あまり
処分(左遷等)して遠ざけたり
します
こうして
イエスマンを従えたワンマン体制
の出来上がりです
でーも
歴史から教訓を学べます
つまーり
先の四字熟語が後世に
警告してるように
創業から守成に当たり
アタマ(マインド)を
切り替えるコト
が重要となるのです
ここまでくれば明らか
でしょ!
このアタマの軌道修正を成し得た
創業者を
名君
成し得なかったのが
暗君
と捉えてまーす
(^・^)
守成時の心得
前項での「前振り」を受けて
更に敷衍(ふえん)していきます
創業を成し遂げ
「功成り名遂げる」
(こうなりなとげる)
ステージに駆け上がると
どうしても
奢(おご)り・慢心
が生じます
のみならず
フェーズ(局面)・ニーズ
が変化してるのに
当人(トップ・リーダー)は
それに気づかないばかりか
自制を強く心掛けないと
我(が)を通したくなる
ものです
羅針盤になり得た
創業時の功労者等でさえも
アタマを時流に合わせられず
又は
自己保身に走って
トップ・リーダーに対し
諫(かん)言・忠告・苦言
をあえて控えたりしがち(‘_’)
続いて
創業から守成への切替えの際
リスクマネジメント
の観点から心得ておく
ポイントに触れてみます
自分だったら
例えば
「諫言・歓迎」
との標語を掲げて
トップ・リーダーの姿勢を
周知するとともに
「御意見番」
の存在を公認・黙認する
と思います
創業時と守成時では
要求される能力・スキルも
違ったりするので
幹部等の配置も
私情を挟まず
適材適所
に徹するでしょうネ
結局のところ
最終の判断・決断を下す
トップ
その権限・責任を任された
リーダー
においては
周囲の意見等を
真摯に受け止める
度量
が必要だし
それを客観的に担保できる
仕組み
が整っているとなおよい
と心得てまーす
( ^)o(^ )
余談
実のところ
本稿の上記記事自体はかなり前に
下書きを終えてましたが
今回(令和4年3月19日現在)
週1で通っている
テニススクールで
例によって
「春の食材」とのお題で
自由回答を求められました
そのとき
考えたのが
次の一句
=====
庭越(にわごし)に
テニス出がけの
フキノトウ
=====
自宅での出支度(でじたく)を終え
外に出て
テニスクラブに向かおうとする
その出がけの際
自宅庭から少し離れた道端に
フキノトウ(早春の野菜)
が伸びてましたよぉ
というモノ
何の変哲もない
日常のひとコマですけど
こういったシーンを
味わえる自身の環境に
感謝でーす
(●^o^●)
追記
寝汗と奇妙な夢
本年(令和7年)の成人の日を含む3連休は
体調を崩してしまい
寝て過ごし
何もできなかったです
(・.・;)
注)不調の状態は連休明けの平日まで食い込んだため
病気休暇を取得(._.)
グロッキーになったおかげで
病気とじーっくり向き合えた
と前向きに
いやいや
ラッキーだったと
捉えてます(´ω`)
だってですよ
5日間何もやる気が起きず
基本寝てるだけって
生まれてこの方
初めての貴重な体験ですから(^^)/
抽象的概念的には
病気になった際の自身の病態
を理解するものの
フワっとしたイメージのままで
実感を伴っていなかったところ
今回の体験を通じて
分不相応だと承知の上
あえて語らせてもらえば
不健康になると
「将の将」との肩書
(社会的地位)はもとより
名声・財産等のアドバンテージは
いずれも吹っ飛んで
役に立たない
点を確信するに至りました
(*´ω`*)
健常の場合と比べ
フェーズ・ステージがガラッと変わる
感覚です(‘;’)
体調不良の症状としては
微熱
倦怠(けんたい)感
吐き気
食欲不振
寝汗(ねあせ)(‘_’)
自宅安静では
ラチが明かないと悟り
近場のクリニック(内科)を訪れたところ
間質(かんしつ)性肺炎の疑いが生じ
注)発生機序不明の難病といわれてます
なーお
流行中のインフルエンザ
コロナウイルス感染症
は陰性でした
クリニックの紹介状を経て
自宅近くに所在する
地域基幹病院で精密検査を受け
最終的には
間質性肺炎が否定され
気管支肺炎との確定診断に落ち着きました
注)気管支肺炎は処方薬により
諸症状の改善が十分に期待できます
その経過中
最後まで苦しめられたのは
寝汗(*_*)
それでですネ
鮮明なうちに
振り返ってみると
日中は
気分的なダルさから
何もやる気が起きず
ただベッドに横たわるだけ
例えば
テレビは一過的に観るのが可能だったとしても
観続けるのは困難でした
テキストに至っては
書くのはもちろんのコト
読むのも無理ゲーの世界です(..)
なので
一定期間
全くスマホ・パソコンでブログ等に
アクセスしてません
注)第二の人生に向け
コレからの成果物的な記事をつづる
つもりでしたけど
それが可能なのは元気なうちだけ
と自覚するに至りました(‘ω’)
書き残しておきたいはずの最終章に関する
記事作成の願いは脆(もろ)くも
絶望の淵(ふち)に(+_+)
以上語ってきましたが
日中の間はまだイイのです
問題は寝床につく夜中(-_-)
注)と言いつつ
正直に明(あ)かすと
日中でさえ
天に向かって
どうか助けてください
と泣きべそをかいちゃってます
(#^^#)
微熱が残る限り
寝汗が生じます
コレにはホント
参りました(..)
寝室のエアコンをオフにしたのもあって
毛布にくるまって寝るため
余計寝汗を誘発(‘;’)
一旦汗をかくと
その部分が冷えたりして気が落ち着かず
着替えを欠かせません(^_^;)
就寝中は何度も
それを繰り返していました
注)さすがに前記期間の途中から
エアコンを稼働させましたが……
更に寝苦しさに輪をかけたのは
発熱のためなのか定かでないものの
奇妙な夢を見続ける点(..)
奇妙な夢ってなぁに
ですよネ
覚えている限りで
概略に触れてみます
まずは背景事情として
いきなり唐突じゃーん
と承知しつつ
戦場の話をさせてください(-_-;)
太平洋戦争の後半では
大小の島々で玉砕を前提とする
島嶼(とうしょ)戦が続きますけど
その中で
大きな戦略戦術的成果をあげたのは
ペリリュー島
硫黄島
沖縄本島(特にシュガーローフの戦い)
具体的には
敵上陸時の水際防御ではなく
内陸部に誘い込んでの持久戦を基本戦略
とします
そして
地下壕(坑道)を張りめぐらしたり
山肌(反斜面)に陣地(洞窟)を構築する
といった
地形を有効利用する戦術を駆使(‘_’)
でネ
コレらの構築陣地は薄暗く手狭の中
異臭と土煙(つちけむり)で息苦しい
不衛生極まりない劣悪環境なわけで
注)例えば
硫黄島の戦いの地下壕では
シラミと同居しウジが傷口にわいてたかる
光景が茶飯事でした
自力で動ける兵士でもシンドイのに
負傷兵に至っては何をかいわんや
です(´-ω-`)
さっさと自決したほうが
断然ラクだったはずなのに
持久戦による本土向けの時間稼ぎが
基本戦略ですから
バンザイ突撃
(「天皇陛下万歳」などと雄叫(おたけ)び
を上げながら突進するサマ)や自決は
厳しく規制されました(-.-)
それで
夢の具体的な内容は思い返せない
とはいえ
この生き地獄のような状況モドキが脳内に
投影されていたようなんです(´ω`)
寝汗をかき続けた当時は
夜になるのが憂鬱(ゆううつ)で
仕方なかったのが実情(^^;
注)当時自宅内では
お灸(きゅう)の煙(けむり)が2階寝室にまで
まん延し
室内でマスク不着用だったため
口内がザラザラするくらい
肺に吸い込んでしまいました
胸部レントゲン撮影で肺に映った
色いモヤは上記煙の吸引が原因
と自分なりに判断し
女性看護師さんと妻に
その旨説明したところ
取り合ってもらえなかったものの
基幹病院の診察医に訴えたときは
相応の反応をキャッチでき
勝手に一人得意げに(・_・)
諸症状により
前記の無気力状態に陥るコトって
支払能力にモノをいわせて
高級な一人部屋を貸し切り
高尚なドクターを担当医につけ
高度医療を受けたとしても
意識的に回避するのが極めて困難
に違いない
と思ちゃうんですよ(‘;’)
ダメを押すため
もう一度つぶやいておこーっと
寝汗と奇妙な夢
侮(あなど)れないどころか
生きた心地(ここち)がしません
恥を忍んで
もう白状しますネ
今思い起こせば
情けないったらありゃしない
と承知しつつですけど
こんな目に遭うんだったら
もう生きてなくても
いーよぉ
などと思ってました
(*’ω’*)
注)人生の実相は奮闘の連続って捉えているし
闘病というコトバもよく耳にするものの
いざ自身がガンとかの大病になった場合
もちろん療法上の効果が見込めるうちは
積極的に攻撃攻略を試みますが
微妙なときはサクッと白旗をあげて
平和的な共存共生に切り替えるし
それも難しくなったら
尊厳を保てるうちに
サッサとケリをつけちゃうかも(^^;
今回の病状体験を経て
その意を強くしたのは間違いナシ
(´-ω-`)
ではでは
夜になるのがコワい
との心理的圧迫はその後どうなったのか
ですけど
検査・診察を受けた基幹病院からの
処方薬(特に抗生剤)により
まーず
倦怠感・食欲不振が
雲散霧消(うんさんむしょう)したほか
当夜
寝汗はいまだありましたが
奇妙な夢を見なくなるとともに
次の夜には
寝汗(微熱)も無くなり
モノの見事に
快方回復に向かいました
(・ω・)
注)即刻
クリニックに行けばよかったぁ
と反省しきり(._.)
現代医療(西洋医学)おそるべし!
を実感です
今回の病院騒動は
まだ終わりませんでした
(´・_・`)
基幹病院の検査結果等は近場のクリニックにも
情報共有されたところ
報告もかねて
もう一度近場クリニックに行った際
担当医から
今回の肺炎は
仕事上の疲労蓄積と
睡眠不足が原因だから
しっかり睡眠を確保し
水分補給をするように!
との話があった上
悪玉コレステロール値(LDL)が高いため
生活習慣の改善を指導されました
内容としては
タマゴ
乳製品(バター・マーガリン・マヨネーズ等)
カステラ等のスポンジ生地(きじ)
を極力避けるというモノ
担当医の診察・指導が終わり
1か月後の来院を予約して
妻と一緒に院外へ出たところ
今度は
妻からダメを押されます
パパはもう
若くないんだからネ
このコトバが耳に届いた途端
そっかぁ
心配をかけたんだな
と察知したのです
自分としては
肺炎になった直接の機序につき
お灸の煙を吸引したからと
勝手に決めてかかり
揺るぎないモノにしてましたけど
おそらく妻においては
難病である間質性肺炎に確定する
コトもそれなりに覚悟していた
と思います(´・ω・)
あとあと
忍耐力の差というか
次元(格)の違いを思い知るコトに(-_-)
米軍は
一旦投降を呼びかけているとはいえ
地下壕に手榴(しゅりゅう)弾を投下し
ガソリンを流し込み
火炎放射を浴びせるわけですから
砂埃(すなぼこり)のレベルでない
のは明々白々(-.-)
夢の中が前提だったとしても
自身の病態と比較するのは
おこがましさマックス!
最後に
五つ(たぶんおさまらないです)にわたり
前向きな話で終えよーっと(^^)
ウツではない
一つ目として
処方薬を飲む前は全くやる気が起きなかったのは
前出のとおり
実をいうと
近場クリニックでの1回目の診察時
担当医に対し
うつ病の疑いがないかどうか
尋ねたところ
うつ病は発熱しないので
その疑いはありません
と教えてもらい
ほっと安心しました
家族の存在
二つ目は
家族の存在の有難さ
病気のとき
一人で対処するなんて
自分をベースに言わせてもらえば
浮世(現実)離れしすぎて
あり得ない選択肢って感じ(‘ω’)
難なく眠れる
三つ目として
夜中に難なく寝れるコトがどんだけ
幸せなのかを噛みしめてます
やる気の有難さ
四つ目は
「したためよう」「書きたい」
と思えるって当たり前ではなく
すごく恵まれてるコトなんだと
専門家のチェック
五つ目なんですが
昨夏の人間ドックで
悪玉コレステロール値や体重が例年より
はるかに上がっちゃったところ
悪玉コレステロール値への対策が
担当医の定期的なチェックが入るコトで
整いました
少なくとも
意識改革は完了!(^^)!
大病後のヒト
シメる前にもう一つだけ
触れてイイですかぁ
リスペクトの対象に
大病に対する闘病を経た後も
当人らしく生き抜いているヒト
を加えました
自分には到底マネできない
と認めざるを得ないので(*‘ω‘ *)
