【体験・回顧】「若さ」を振り返りつつ……

若さ・中年

固定された観念はないものの

一応
ここでは


「若さ」とは
肉体的・精神的に若々しい状態


「老い」とは
肉体的・精神的に衰えが
目立ってくる状態


と言い表しますけど



たーだ

コレだけだと

ちょっと
抽象的なので


可能かつ必要な範囲で

形式的に
年齢幅を区切るコトにします



本稿では

特に

「若さ」と「中年」を
取り上げてますが


便宜上

年齢の区切りを
一通りカバーした上

男性を想定して

ザックリみると


幼年:0歳~6歳頃

少年:6歳頃~18歳頃
  (児童福祉法参照)

青年:18歳頃~30代頃

壮年:30歳頃~45頃

中年:45歳頃~65頃
  「熟年」とも呼ばれてます

高年:65歳頃~
  「老年」とも呼ばれてます


「若さ」の
振り返り

自身の生き方の指針として

過去記事でも触れてますけど

「いま・ここ」を

とても
大事にしてきました



実際

振り返ってみても

幼少年期を通じ


あの頃はよかった
あの頃に戻りたい


といった時期は
見当たりません(-_-)


この辺りの詳細は

次のPW(パスワード)保護中記事で
触れてます

なーお
申し訳ないですけど

当分の間
PW解除の予定はありません

【体験・回顧】〇〇のターニングポイントってありますか

【体験・回顧】〇〇関係において血の繋がりってそんなに大事なモノですか



のみならず

リリースは

ずーっと
先になりますが

次の下書き保存中記事でも
確認できます

(仮題)
【マインド・戦略】一度決めたコトをやり続ける点の功罪を独白します!

(仮題)
【スキル・肝】留守番が大嫌いでした




一般に

エネルギッシュな
中堅どころに位置し

働き盛りの
壮年期であっても

戻りたくないとの気持ちは
変わりません(‘ω’)


チームによる仕事では

自身がチーム長的な立場になく

どうしても
中途半端なポジションとなるため

「いま・ここ」と比べて

やりがい等が
見劣りするみたい(..)



じゃあ「若さ」のメリットって
特になかったんですかぁ


との声が外野スジから
聞こえてきそう



結論から伝えておくと

自身は

青春をおう歌したようなエピソードが
思い浮かばないし


社会人(ビジネス)になって以降も

残念ながら
紹介に値するコト・モノは見受けられません
(・.・;)


注)といいつつ
当ブログの下書き保存記事の中で

辛(かろ)うじて青春チックな内容が
産声(うぶごえ)を上げました

この記事は
秘技・ゴボウ抜きを繰り出して
遠くない将来リリースしまーす(^.^)



エーッとぉ

家族等(プライベート)の場面では

イイ意味で
常時更新中(^_-)




でもでも

一般的に

「若い」コトによるメリットは
次の2点と捉えてます



一つは

仮に

一見
取り返しのつかなそうな
大失敗をしても

十分やり直しを期待でき

この点だけをみても

アドバンテージを有するのは
間違いなし!



二つ目は

大化けの可能性がある点です


前途有望で将来性のある
若者は

そのオーラを発して

まぶしいくらい
キラキラしてますからネ



なおなお

誤解のないよう
断っておきますが


若い時分に戻りたいとは
微塵(みじん)も望んでないですけど


だからといって

「悔い」とか「不全感」を
置き去りにしてきた覚えもありません
(・ω・)


中年オヤジ

もともと

自身の
中年オヤジに対するイメージは


したり顔で

さえないダジャレを
まき散らして

周囲を凍らせる
痛ーいヒト


のような感じでした
(^_^;)




確かに

肉体的に衰えが目立ったり
してるのに

承認欲求が
旺盛だったりすると

やるコト・なすコト

裏目に出がちですけど


年齢を重ねても

肉体の見た目の衰えを
最小限に抑えつつ

蓄積された
知識・経験を踏まえ

ポジションにふさわしい
見識・品性を備えてるならば


実質的な肉体の衰えなど

さして
問題ではなく


かえって

みるヒトがみれば

若い時分に比べ

圧倒的な優位性を
持ち得たりします
“(-“”-)”


言い換えると

若さは

基本

誰にでも
公平に与えられるモノ

いわば
通過点であって


希少性の観点でいうと

明らかに

中年オヤジに
分(ぶ)がある

との見方も可能なのです



加齢に伴い

それ相応の色気を漂わす
男性を見ると

素直に
リスペクトの対象!


女性の場合も
さるコトながら


「オトコの色気」も
チョー貴重


ですから(・ω・)




ちなみーに

人生100年時代といわれる
昨今


たとえ

70代(個人的にはあこがれてます)
であっても

現役時代の延長(活動期)


と前向きに捉えるのが
オススメ( ^ω^ )


余談

「若さ」のメリットの一つに

やり直しが十分可能
との点を挙げました



もとより

そのとおりなんですけど


「やり直し」とのコトバを
目にすると

若い時分(カラオケブーム)に
持ち歌としてよく披露(ひろう)した

杉良太郎さんの
「明日の詩」(あしたのうた)
のフレーズ部分


人生が繰り返すコトはないけど
やり直しはいつだって
できるだろう


を思い出すのです


あ~ぁ
もうダメ!
ガマンできません(..)

歌詞のうち
気持ちが入る部分を抜粋して
書いちゃいまーす


=====

たとえひとときの

やすらぎでも

あれば

明日から

生きてゆけると

つぶやいた
横顔に

何を答えれば

いいんだろう

いつも人並みに

暮すことが

ほんの

ささやかな

望みですと

さびしそうな
ほほえみに

どんな慰めが

あるんだろう

=====


今はすっかり
影をひそめてますが

当時(もちろん昭和の時代)は
テレビ時代劇が花盛りで

さっきの持ち歌は
「新五捕物帳」のエンディングソング
になってました
(・_・)



杉良太郎さんが主人公の
御用聞きである新五(しんご)を
演じてますけど

もう
オトコの色気がプ~ンプン



そして

勧善懲悪(かんぜんちょうあく)ぶりに
観るほうは気分がスッキリする反面

庶民の悲哀さも随所に
散りばめられてます



そんな中
やっぱり見どころは

悪人に父親を殺され
孤児として育った新五の表情仕草


さっき
新五から漂うオトコの色気に
触れてますが

コレって

杉良太郎さんの
顔芸(かおげい)によるモノ
なんです


具体的にいえば

悪人をにらむ鋭い視線と

弱い者に向けられる
慈愛の眼(まな)差し

このギャップに
こっちはイチコロ(瞬殺)
(*´ω`*)




ここでシレっと
持ち歌の話に戻せば


カラオケで披露する曲目を比べると


現在(令和4年11月)よりも
若い頃のほうが


だったりする
ようです(;^ω^)




ともあれ

せっかくなんで

「やり直し」の点に
もう一度
触れさせてください



環境整備・更生といった客観的側面
に注目すると

それ相応に
時間を要したりしますけど


内省・ナットク等の主観面
にスポットを当てれば

瞬時に

ココロを見直すコトが
可能になるはず

と捉えてます

(●^o^●)


追記1

本日(令和6年11月の平日)

朝の通勤電車内で
うれしいコトが……



座席シート前で
突っ立っていると

目の前の座席が空いたため

ゆっくりおもむろに
お尻をシートに落とし



続いて

重いカバンを膝(ひざ)上に
置こうとしたところ

カバンが足元に落下(‘_’)



すぐにカバンを持ち上げて
膝上に戻し
体勢を整えていると


中年風の男性が近づいてくるや

自分の足元に落ちていた
自宅玄関用キーホルダーを
拾い上げて手渡してくれた
のです(‘ω’)




自身の足元は
視線から完全に外れていたので

ホント
助かりました(._.)



注)キーホルダーを置き忘れたと仮定しただけで
ぞーおっとします

最終的に手元に戻ったとしても
そこに至るまでの気苦労や手間を考えると
気が重くなりますから(*_*)



その場では
軽くアタマを下げる程度の感謝の気持ちしか
示せなかったです



なので

この紙面を借りて
改めて言わせてください


とヒトのさりげない見落としがちな善行
感動感激した次第(*’ω’*)



直接的には
なーんも
できませんけど

何度でも
言わせてくださーい!




さーてと

将来に向けての対策ですが


すぐに取り出すコトを望むため
チャックをしないままの状態で

カバンの外側ポケットに
当キーホルダーを入れていた
のが原因であるところ


今後もあえて
チャックをするなどの対処は講じず

カバンを膝上に置く際
コレまで以上に意を払う
コトを決意(-_-)



あーと

もし懲(こ)りずに
カバンを足元に落とした場合

注意深くカバンを取り上げるほか
落下箇所の周辺も見回す

点を肝に銘じました
(。-_-。)




こういう日常のささいな出来事って
書き残しておかないと


と容易に見当がつくので

当記事をつづる意義を
再確認してます(´ω`)


追記2

「追記」の場合

大別して
二つのパターンがあります

投稿済みの記事に行うとき
下書き保存中の記事に行うとき

です(‘_’)



今回は

そのうち後者の
下書き保存中の記事に対する
追記となります




要するにですよ

コレといって
タイトルが決まっている
わけではなく

思うがままにまかせている
というコト(*´ω`*)



ここんところ

専(もっぱ)ら個々の
下書き保存中の記事を読み直しては

部分的な手直しをしつつ

記事によっては
追記(の作業)に余念がありません


この作業中の感覚に触れておくと

もちろん書くコト自体
楽しすぎるのもあるんですけど


みたいな感覚も
あったりするのです(^^)/


言い直せば


そんな感じでしょうか
(・_・)



ただたーだ

ヒトって楽しいコトなら
いち早く享受(きょうじゅ)したい
じゃないですかぁ

それがフツーの人情感覚というモノ(*´ω`*)



そこをあえて
後方に持っていくわけですから

相応のストレス(負荷)がかかる
のも当然(‘;’)



でもネ

ここをガマンし乗り切るからこそ
享受できる度合いが増し増しになる
と心得てます(・ω・)

コレぞ
ヒト呼んで



既に触れたとおり
追記に余念がないとはいえ


コレまで積み上げた
投稿済みの記事の情報量って

自身が人生の最終章までに
つづる全記事のそれと比べて

どのくらいの割合になっているのか
考えてみたくなりました(‘;’)


今後も時間の経過とともに
成果物的な記事は
ストックされるはずなので

この種の記事は横においといて

それ以外の
棚卸的な過去の体験記事に限ってみれば


現状それなりの
下書き記事を寝かせているし

身バレ防止のため
記す内容程度も自制してるため

せいぜい
3~4割ほどのイメージ(^^)



それはそうと

そもそも

身をバラすかどうかも
現時点(令和7年2月)では未定だったり
するし(´ω`)

(身を明かし認知されてナンボでしょ!
沈んだままなんてあり得ないよぉ(-“-))


まだまーだ
時間はあるので

あずからせてもらいまーす
(・_・)




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投稿者: toshi0227(トシ・オウ・トウ・トウ・セブン)

都内マイホーム、妻子持ち、シニア層男性。O型・サソリ座。モットー「いまが一番!ここが一番!」。スローガン「時空を超えろ!」。趣味はテニス・ゴルフ・油絵等。定年退職後に、社会との接点を確保して認知機能の低下を防ぎ、健康長寿を目指すべく、遅きに失した感はあるものの、平成3年元日から、思い切って「ユル・ヤワ」に「T.H.BLOG」を始めてみました。大海原を航海中ですが、よろしくお願いします。 ブログの公開表示名「toshi0227」は「トシ・オウ・トウ・トウ・セブン」と読みまーす(^^) スタエフ(音声配信)・エックス・インスタ・スレッズもやってます(^<^)

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