【生活・よもやま話】自宅玄関前で見かけた「セミさん」へのレクイエムです

  1. 寄り道
  2. とある出来事
  3. セミの生態
  4. レクイエム
  5. 余談
  6. 追記1
    1. 「向き」の捉え方
  7. 追記2
    1. 「サダメ」と知る?
      1. 母から娘へ
      2. お鉢が回る
      3. コンサート終演まで
      4. その後の展開
      5. イベントを通じて
        1. ヤセ神話
        2. ヒト嫌いが加速?
      6. 後日談

寄り道

本人:職場先輩
相手:同後輩


本人:念願の海外旅行はどうでしたか


相手:観光地の
   格式高いホテルなのに

   洗面台に
   アリが這(は)ってました

   日本なら
   ありえない話ですよネ


本人:アリのコトですから

   ありとあらゆるところに
   出現するのです


とある出来事

夏の風物詩ともいえる

セミしぐれ

(あちこちで盛んに鳴くセミの声)



転勤先の
地方都市では

身近でしたが



ここ都内では


意識的に
動かない限り


セミを


間近に見たり
思いを馳(は)せる


コトは難しいです
(。-_-。)



少なくとも

自分の場合

通勤中は


常に
イヤホンをしており


セミの鳴き声に


季節の移ろいを感じるコトは
少なくなりました
(;´・ω・)


そんな状況の中


仕事帰りの
とある夕刻


いつものように

自宅玄関ドアまで
やってくると


ドア前の地べたに
うつ伏せで


一匹の「セミさん」が
いたのです



羽の模様から


アブラゼミと
分かりましたが

うつ伏せの状態なので

まだ
息絶えてないな

とひと安心



昆虫は


息絶えると


脚の関節が
硬直しながら
曲がるため


ひっくり返ってしまうのが常態
なのです



案の定

そっと
ドアに近づこうとする
や否か

急に

最期の力を振り絞る
かのように
羽をばたつかせ


目の前から
いなくなってしまいました
(・_・)


死期が近かったかもしれず


邪魔したくなかった
のですが……(..)



昆虫の目は


小さな目が集まる
複眼のため


広い範囲を見渡すコトができ


そばをゆっくり
通り抜けようとしても


無駄骨でした(-.-)



オスのアブラゼミは

ジリジリジリ…」

と鳴きますが

特に
鳴いていなかったので


産卵(さんらん)の大仕事を終えた
メスに
ちがいありません


久々に


セミを間近で
見かけたせいか

いまだに
余韻が残ってます
(-ω-)/


セミの生態

セミの一生は7年

とどこかで聞いた覚えが
あったり……


幼虫の期間は


それなりに長い
といわれてるものの

飼育・観察が難しい
ためか


生活実態(生態)が解明済みの
種類は


限られるのです



もちろん

幼虫の期間って


環境要因によっても
変化します



なおなお


北米に分布する
周期ゼミは


幼虫の期間が
13年とか17年くらい

らしいですよ
(・ω・)




さてさて

多くの種は


枯れた枝や樹皮(じゅひ)に
卵を産みつけ


孵化(ふか)した
幼虫は


地面に降り
地中に潜(もぐ)って


木の根に
取りつきます


セミの幼虫は


根に流れる樹液を吸って
育ちますけど

栄養分が多くないため


成長に
時間がかかり


幼虫の期間が
どうしても
長くなるのです


成熟した幼虫は


地上に
這(は)い出し


羽化(うか)して
成虫になります


でネ

羽化後の
セミの寿命について


7日程度と
聞いたりしますけど


実際には

種によって
1か月前後だったり
するんですよ(‘ω’)


羽化後
数日間は


満足に鳴くコトができないため


もーし

1週間程度にすぎない
とすれば


種の保存に不可欠な
「婚活」を行う時間が不十分
になってしまうのです



オスは


大きな声で鳴いて

メスを呼び寄せようと
躍起(やっき)になり

首尾よくパートナーとなった
オスとメスは交尾をします


交尾を終えたメスの
最後の大仕事は


産卵(‘;’)


こうして


セミの成虫に
与えられた役目は


全て終了
(#^^#)


孵化して
幼虫になり


更に成虫となって
寿命を終えるまでに

1年に満たない昆虫が
ほとんどなのに

セミは


昆虫の中でも
長寿の生き物といえます


繁殖行動を終えて
死期が迫ったセミに対し

悲哀(ひあい)のまなざしを
向けるのは


失礼に当たりそう




あらかじめ
プログラミングされたとおり

本懐を遂げ

迫りくる死期を静かに
迎えようとしており

やり残し感
生への執着
死へのおそれ

などとは
無縁だからです
“(-“”-)”



そろそろ


バッタリ出会った「セミさん」の話に
戻すコトにします


そばをそっと
通り抜けようとした際の

お疲れ様でした

とのココロの声は


「セミさん」に

全く届いていない
でしょうけど

それで構いません


「セミさん」にとって
今生(こんじょう)には

微塵も
未練がない

と信じてますから
( ^)o(^ )


レクイエム

レクイエムとは


日本語で
鎮魂歌(ちんこんか)といい

亡き相手(対象)の安息(あんそく)を
具体的に願うコト


せっかく今回

「セミさん」と
縁(えにし・宿縁)を結んだので


最後に


レクイエムをつづって


当記事のタイトルと
帳尻を合わせたい
と思います


余談

9月に入り(令和3年現在)

いつものように

週1のテニススクール
に行ったところ

フリータイトルで

川柳(せんりゅう)
を募集していました


ミーハーで

乗せられやすい
自分は

テニスを終え


施設内で
シャワーを浴びながら

ひねり出した次の句を
帰りがけに提出(‘;’)

名残惜し
  七年がかり

   セミしぐれ


そして


句の「ココロ」(趣旨)
についても

合わせて
求められたので


=====

繁殖活動の相手(メス)を
見つけるべく


懸命に鳴く
オスセミたちに


思いを馳(は)せて
懐かしむモノ


=====

といった感じで

一緒に
提出してます
(^・^)



たーーだ!

帰宅してから
再考したところ

「川柳」ですから

このままでも
構わないのですが

もーし

「俳句」だったら

ダメ出しを
食らうだろうなぁ

と思ってます(..)



なぜかーって
いうと

初句(しょく)が
ストレートな感情表現に
なってるからです
(。-_-。)


俳句では

何よりも
慎み深さ

が大事!


なので


川柳ではなく

俳句として
作り直すとすれば

過ぎし季(き)の
  七年がかり

   蝉(セミ)しぐれ

としますネ
(・.・;)



そして


その「ココロ」についても

=====

今シーズンも
終わっちゃいましたが

七年越しのラブソングを

オスセミたちが

ありったけの声で
披露(ひろう)してましたよ

=====

くらいの軽いノリで

サラッと
まとめるのも

一興(いっきょう)
だったかも

と振り返ってます
(*‘ω‘ *)


追記1

昨夏(さくか)も
暑い日が続きましたけど

梅雨時(つゆどき)に入りつつある
今夏(令和6年6月中旬)も

真夏日(30度以上)を記録し
始めてます(..)



さーてと

今回
つづる内容って


テキスト猛者と
その予備軍

への応援歌
というよりも

取りようによっては
辛口コメントになる
かも(-.-)



ではいきなり
ズドーンと
結論めいたコトから入ります


一方

と容易に想像できちゃいます
(+o+)



書くコト自体はヒトを選ばないし

始めるに当たっての参入障壁が
それなりに低いので

収益化につなげて
生業(なりわい)にするには

を泳ぎ切る覚悟を求められる
わけです
(。-_-。)




テキストを主戦場とすると


ピン・キリの振り幅が比較的広いため

「何とかなりそう」との楽観的誤解に
陥りやすい上


ステージが上がるたびに

勝負の要所が量から質に
転じていきます(‘;’)



でーですよ

勝負の土俵が「微差化」になると

匠(たくみ)のレベルだったり


はたまた

つかみどころのない「感性」とか
「運ゲー」に左右される世界に
踏み込んでしまうのかも(-_-)


コレって




ではでーは

非収益のときはどうでしょうか

まず
テキストに興味関心があるって
コトは

書くのが楽しい・スキ

と感じるヒトたちに
ちがいありません



なので

の関門はパス(通過)した
といえそうですけど……



たーーだ

ここは要注意


っていうか

真剣(独見)の切れ味を試したく
なりました(^^;)


それではいきますよ
スタンバイオッケー?


大概のヒトはここでいう「向き」を
外向きに捉えてしまいます


「相手の共感獲得」で代表されるように
評価軸が自分以外なのです


数字に追われ

消費・交換されるコトに抗(あらが)おうと
必死になり

いずれ
疲弊(ひへい)するのがオチ(..)



ここまで立ち入(い)ったので

ハッキリと
言っちゃいますからネ!


評価軸を相手に求める場合

都度
気持ちがハイになったり
救われた気分になりますけど


だからって

外向きへの注力に
偏(かたよ)り過ぎると

いつの間にか
それに依存する体質が形成され


気づいたら

心身がボロボロになったり

根無し草のはかない存在
で終わってしまうかも……



ここに至れば
じゃあどう対処するのか
分かりますよネ

ハーイ
ピンポーン!

「向き」のすえ方(^^)



具体的には

「向き」を内向きにして

自分と対峙し対話するコトで
気持ちを浄化するのがポイント
でーす( ^ω^ )



しかもですよ

テキスト猛者なら

その材料(掛け替えのない宝モノ)が
身近にゴロゴロしてるでしょ(^_-)


追記2

注)登場する関係者の敬称は省略します

妻の好きな歌

正確には
妻の母(祖母)が大好き
なんですけど


それは

森山直太朗の
「さくら」

です(‘ω’)

以下に
お気に入りフレーズを
抜粋してみます

=====

さくら さくら
今 咲き誇る

刹那(セツナ)に散りゆく
運命(サダメ)と知って

(中略)

変わらない
その想いを 今

=====


ファンクラブ入会済みの友人女性
の誘いで妻も入会し

それぞれ
コンサートチケット購入を申し込み

1枚当選したら
友人女性が購入する

との段取りだったところ


結果として
2枚当選したため

1枚ずつ購入するコトにした
そうです



そうして

妻のほうから
自分が妻に同伴する旨を
友人女性に伝えたところ


注)正直にいえば
自分にお鉢が回ってくるとは
露(ツユ)ぞ思ってなかったし
期待もしてませんでした



友人側も
当初は娘の予定だったのを
夫同伴に変更したとのコト



友人夫婦とは
10年くらい前に

同夫婦宅に招かれて
夕食を御馳走になったり
カラオケに行ったりと

家族ぐるみで
時間を過ごしたコトを

何となく薄っすらと
覚えてます


ゴールデンウィーク最終日
サントリーホールにて

16時開場
17時開演


会場内で友人夫婦と
あいさつを交わして

それぞれ
指定席へ向かって
別れました


妻と二人になったとき

と注意「球」が飛んできて
そのまま「心の臓」を直撃した
感じ(+o+)




本番のステージは

森山直太朗と

山崎育三郎
生田絵梨花らゲストとの

トークとか合唱やらで

大いに
盛り上がってます



最後に
森山直太朗が「さくら」を独唱し

アンコールではゲスト全員そろって
他の歌を合唱するに至り

19時30分頃
終演


20時前頃
会場出口近くで

再度
友人夫婦と合流し

雑談を交わします


先ほど妻から
注意されたのに

相変わらず
愛想笑いに終始する始末(*_*)



会場近くのお店に入って
夕食を共にする話も出た
ようですが


注)難聴気味のため

妻と友人らの会話を
あまり聴き取れてません


自分の煮え切らないような態度
を察して友人夫婦が遠慮したのか
定かでないものの

そのまま
会場解散と相なりました



当時の複雑な心情を
当記事作成の今でも
引きずってます



上記心情を因数分解すると

やったぁ
会食せずに済んだ
との安堵(アンド)感を抱く反面


わざわざ友人の夫が参加したのに
即時解散なんて配慮が足りてない
との罪悪感も同居するのです



ただですネ

そのあと
妻と二人っきりで

会場近くのお店に入って
食事をしたところ


この時間の共有により
この上ない多幸感に包まれ

その余韻のまま幕を引いて
帰路につくのでした(・o・)


今回のイベント参加を通じ
二つの側面からアタマを整理したので
この点を示しておきます

まーず

ゲストだった
生田絵梨花は

テレビ画面で見るよりも
細身と感じました



こうなると

かと(´-ω-`)




たーだ

せっかくなんで
男性本位の目線から

女性一般に視点を広げて
みていきまーす(^^)



モデル業とかは独見の外に置くほか

ファッションコーデを楽しむ女性陣が
一定数存在するのも確かですけど


そうではなく

単に「ヤセ神話」
つまりヤセた体型を重んじる文化的傾向
(価値観)をうのみにしてるだけの女性って

不健康そう
というか

なんか
痛々しく感じるんです



だってですよ

男性陣(meだけ?)のホンネをいえば

モデル体型には
ちっともオスみが起動しないのに


上記価値観に傾倒する女性層って

涙ぐましい
非生産的(に思えるよう)な努力
を重ねながら

ジリジリと
自らのクビを締め上げている
がごとくで


申し訳ないですけーど

コレって

と思っちゃいます(..)



男性側も

もーっと
フランク(率直)に

声を上げるのが望ましい
かと(*´ω`*)


続いて

イベント参加後も

後味悪く
罪悪感がクスぶってるコトは
前出のとおり(´ω`)



ところで

自身への分析考察として

「ヒト」は嫌いではない
というか

大好きなんだ
と認識してます



ヒトを基軸に据えて
「真・善・美」を独解的に深掘りする
に当たり

ヒトが嫌いだとすると
持続的に考え抜くのは難しい
と自覚するからです



でもでも

ヒトとの関係性が
外部的・対外的なモノになれば
話は違ってくるようです



殊(コト)に
老境の域に足を突っ込む身であると

みたい



加えて

加齢に従い
難聴の症状が進行する点も

対人関係回避の心情に
拍車を掛けていそう



なおなお

会場で友人夫婦と別れて
妻と二人になった際

と伝えたところ

と意識改革を求められました



対人折衝が全く苦にならない
妻を羨(ウラヤ)ましく
感じるとともに

リスペクトし直してます



退職後は

意識的に
ヒトの間に飛び込み

最も苦手で
ずっと避けてきた課題に対し
果敢に取り組んで

有終の美を飾る

のが最後の総仕上げ
なのかも(・・;)




まだ時間的猶予があるので

「運命(サダメ)と知って」
ハラを決めるコトを

もう少し先延ばしに
しておこーっと(*´ω`*)


本日(令和8年5月11日)夕食後

妻がテーブル上の
カーネーションを生けた花びんを指して

と教えてきたので


目をやると
確かに3本(薄紅色・ピンク色・白色)
増えてます


続けて

と補足が入ります


思わず

とつぶやいてしまいました




実は

上記コンサート会場を出る際

主催者側が用意した
紅色のカーネーションを
ひとり1本ずつ持ち帰ってます



帰宅後

妻において

カーネーション2本を手に持ち
うれしそうにスマホで自撮りする
とともに

花びんに生けて
テーブル上に飾りました


迂闊(ウカツ)もイイところ
です


テーブル上
既にカーネーションが飾ってあるため
油断したみたい


すっかり
母の日(5月10日)がアタマから
抜け落ちてました(..)



それゆえ

花びんに
色違いのカーネーションが増えても
意識が向かなかったのだと整理する

と同時に

自身の至らなさに反省
しきり(*’ω’*)



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投稿者: toshi0227(トシ・オウ・トウ・トウ・セブン)

都内マイホーム、妻子持ち、シニア層男性。O型・サソリ座。モットー「いまが一番!ここが一番!」。スローガン「時空を超えろ!」。趣味はテニス・ゴルフ・油絵等。定年退職後に、社会との接点を確保して認知機能の低下を防ぎ、健康長寿を目指すべく、遅きに失した感はあるものの、平成3年元日から、思い切って「ユル・ヤワ」に「T.H.BLOG」を始めてみました。大海原を航海中ですが、よろしくお願いします。 ブログの公開表示名「toshi0227」は「トシ・オウ・トウ・トウ・セブン」と読みまーす(^^) スタエフ(音声配信)・エックス・インスタ・スレッズもやってます(^<^)

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