寄り道
法律関係の仕事にかかわる
バリバリの文系ですが
過去に理系を志したコトも
あったりして
実は
自然科学系には
ずーっと
興味がありました
ですから
気が向けば
科学雑誌
「Newton別冊」
を読んだりしてます
興味深い記事が少なくないので
オススメです
(^-^)
前振り
「いま・ここ」
を一所懸命に生きても
想定外に
突然死したらどうしよう
と考えたコト
ありませんか
フツーにみて
そんな事態(結果)は
受け入れ難いですよネ
本気で
真剣に生きてるヒトほど
そう思うはず(‘_’)
たーーだ!
突然死のような場合には
その事態に対して
本人が
アタマ(ココロ)を整理する
時間的余裕さえも
与えてくれません
もーし
その時間的余裕がある
とするなら
自分としては
こういう
定め(運命)なんだな
と後ろ向きではあるものの
受け入れるコトができる
かも(..)
理想的には
肝心要(かなめ)の
そういう時こそ
ジタバタしない
自分でありたい
と願ってます
(・_・)
ではでは
ジタバタしないためには
具体的に
どうすればよいのでしょうか
答えは明らか(‘ω’)
あらかじめ
脳ミソに汗をかいて
アタマ(ココロ)の整理を
しておくのです(^<^)
量子力学的
思考
アインシュタインの
相対性理論(一般・特殊)は
光の速度(光速)を超える事象が
存在しないコトを前提に
組み立てられてますけど
量子力学が
2粒子間の強い相関関係
量子もつれ
エンタングルメント
(entanglement)
に基づいて
この常識(前提)を
打破しました
ほかにも
量子力学において
観測をしなければ素粒子は
波動であるが
観測により
この波動が直ちに収縮して
粒子になる
との仮説が
ダブルスリット通過実験

シュレディンガーの猫を使った思考実験

により
電子(素粒子)の
二重性
(粒子性・波動性)
不確定性
(素粒子の位置と速度は同時に決まらない)
として証明(確証)されてます
このように
事物の最小単位である
素粒子が
ヒトの観測(観念)に
即反応して
粒子又は波動に確定する
という点は
見方を変えれば
もちろん
空想レベルですけど
素粒子にも
人の観測・観念に即応できる
「意」的要素
が備わってる
と捉えるコトも
できそうな気がします
( ˘ω˘ )
実のところ
この空想レベルの
仮説に対し
ダブルスリット実験を応用した
検証が行われました
どういう検証実験か
といえば
ダブルスリット装置の近くに
ヒトを配置し
左右スリットの片方だけに
光子(素粒子の一つ)が通過するよう
強く念じてもらったところ
左右スリットの通過数
において
ヒトの観念に応じた
有意な差異が確認され
統計学的にも
その差が偶然でないコトが
裏付けられた
というモノです
観念
おそるべし!
現時点での
整理(納得)
そこで
量子力学を通じての
知見等を踏まえ
自分なりに
次のとおり
アタマ(ココロ)を
整理してみました
地球が属する宇宙に限らず
無限の時空間に
無数の宇宙が存在している
又は
存在し得る
(この部分は量子力学というミクロの問題ではなくマクロ宇宙論の話です)
ヒトの善悪等の行いは
全て光速を超えて
瞬時に
別の宇宙・次元の
どこかに
刻み込まれ
ストックされるなどし
いずれ
別の生命体に
生起する(宿る)際の
素因となる
まとめ
ムリスジに
真理を
こじつけようとするのは
生への執着が
強すぎるからであり
不幸をもたらす根源だ
とお釈迦様に
たしなめられそうですネ
(#^^#)
でもでーも!
量子力学との論争に
敗れたものの
アインシュタインが
「神はサイコロを振らない」
と訴えたその心情には
とーても
共感できます
「全てが不確定なモノであって偶然に左右される」
コトが真理だとすると
自分は
「いま・ここ」
を懸命に・真剣に・本気で
生きるコトに関して
希望を持ち続ける自信が
ありません
( ˘ω˘ )
その偶然性の考えは
生きとし生けるモノを
無慈悲に扱いかねない
でしょうし
そもそも
人間の観測・観念という「意」的要素によって万物の事象が確定(具現化)する
という本質を
蔑(ないがし)ろにしており
背理の疑いさえ残ります
現在の自分を
ステップさせ
将来の自分を
ホップさせ
来世の自分を
ジャンプさせる
のは偶然の産物ではなく
「いま・ここ」の
観測・観念に基づく行動
の賜物だと考えたほうが
精神衛生上
明らかにラクだし
皆が
幸せになります
(^-^)
何よりも
この類(たぐい)の話は
想って信じたモン勝ち!
ですからネ
(●^o^●)
余談
余談がままならなかった
コトを幸いに
加筆(かひつ)させてもらいます
本文で触れた
ダブルスリット通過実験では
素粒子の様子を
ヒトが
センサー(観測機)を通じて
リアルタイムで観測してる
ワケですけど
リアルタイムの観測によって
粒子に確定(具現化)した
点に意義があるといえ
例えば
ビデオカメラを用いて
15時の段階の量子状態(波動又は粒子)
を録画撮りし
その後(16時)
ヒトが
その録画映像を確認しても
映像上残っているのは
意的要素の介在しない
15時段階の量子状態にすぎないので
波動のままとなります
ここまで
いいですネ(^^)
ではでは
続いて
シュレーディンガーの猫
の思考実験を
念のため
もう一度みておくと
1時間後(15時)に
青酸ガス放出により
猫が死に至る確率が
五分五分と条件設定して
その後(16時)
箱の中で猫が亡くなっている
コトを観測したとすれば
量子論上
観測前までは
猫が亡くなったかどうか
不確定な状態にあるとしても
観測後は
遡(さかのぼ)って
「15時に猫死亡」が
確定する
かどうかの点は
ともかくとして
少なくとも
「15時に猫死亡」との
推定は可能
というべきでしょう
オマケで
もう少し
掘り下げてみます
「ウィグナーの友人」の思考実験という
「シュレーディンガーの猫」の拡張版
によると
友人役の観測と
後方に控える
ウィグナー役の観測とで
その結果に
食い違いが生じた
点が確認されており
コレが何を意味するか
といえば
観測される事象は
観測者ごとに相対化
し得る
というコト(‘_’)
なーんか
ブっ飛んでますけどネ!
以上
老婆心からの
超蛇足
でした(令和4年7月現在)
( ^ω^ )
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「【万考・科学モドキ】量子力学的な考え方は希望をもって生きるコトと無関係だと思ってるア・ナ・タ!!精神衛生上は大損でーす!」に2件のコメントがあります