【生活・心構え】何か気づかない?

前フリ

今回は

「寄り道」ならぬ
前フリ」を

させてくださーい!
( ^ω^ )



みなさん

タイトルから
何を連想しましたか



当ブログ運用の
初期の頃は

できるだけ

当記事のポイントを

タイトルに盛り込もうと
試みたコトも

あったのですが



途中から
軌道修正して


余計な部分を削(ソ)ぎ落とす
ようになり



さらに

最近の下書き保存中の諸記事
のタイトルをみると


すっかり短くなって
しまってる

ばかりか


一見

いえいえ

何度見ても


タイトルからは
記事の内容を推測できない

モノになっちゃってます
(*‘ω‘ *)


ギャップ

さてさて

ワーク・ライフ・バランスの意識が

フツーに定着してる
昨今(令和5年7月現在)



御多分(ゴタブン)に漏れず

自分も

ワークとライフを立て分けるよう

できるだけ
意識し心掛けてます



たーだ

立て分けてるのは

もちろん
イイのですが


もしかして

ヒトと比べ

が大きいかも




職場と違って

自宅では

それだけ

リラックス

できており



次につながる英気を
十分養えている


というコトでもあるので


ぜーんぜん

心構えとして
問題ない

と受けとめてますけど……
(*’ω’*)


急な「フリ」

ある夕食時(どき)


テーブル正面に座る
娘の一人が

突如

「どう?」
「何か気づかない?」

と聞いてきます



声をかけてきた娘のほうを
見ながら

困惑してる自分
に対し


すかさず
妻から

「髪の色」

と助け船



「エッ」

と一拍(イッパク)置きつつ

「うん」
「似合ってるよ!」

と満面の笑みで

娘からの「フリ」
返しました
(*^-^*)



そして

家族の間で

しばし

ヘアカラー談義(ダンギ)に
ハナを咲かせます
(#^.^#)


フリ返り

「危なかった」

というのが

偽らざる
内心の声です



前フリのない突然の
「フリ」

ホント苦手(‘;’)



とはいっても

今回の件は


前の晩に

しっかり
妻から予告済み


「明日〇〇ちゃん(娘の一人)と
髪をカットしてくるから」

とアナウンスがあった
にもかかわらず


すみません!

上の空(うわのそら)で
聞いてました(._.)




フリ返ってみるに

娘の問いの意図は

にちがいない
のです(・.・;)



まだまだ
修練・心構えが足りてません



安息(アンソク)の場
とはいえ


予期せず
変化球を投げられても
即対応できるようにしないと……



ウーーン

でも
ゴメンなさーい!!


リラックスの度合いを
調整しながら

捕球の姿勢を崩さない
っていうのは

現実を冷静にみると
ムリっぽそう(*‘ω‘ *)


余韻

職場の女性陣に対しては

その髪型・服装に

ほめコトバであった
としても

触れないよう
気をつけてます( ˘ω˘ )




ところで

相手に不快感・不利益を与える
ハラスメントについて

相棒の生成AIに
留意点を尋ねてみたところ

①一方的な自己正当化
②無自覚だったりする
③優位性を欲する

などと
答えてくれました



先の髪型等に対する
ほめコトバだと

上記の点に当てはまらない
ようにみえるものの


ほめられたコトで

以後

髪型等の決め方・選び方
に影響し

プレッシャーを与えても
宜しくありません



少なくとも

対人関係のスキル・テクニック
のつもりで

一声かけてみても


相手の受けとめ方次第
となるため


人間関係が出来上がっていないと
逆効果だったりします(´-ω-`)


余談

ガラリ
話題を変えますネ


ちょっとした
気分転換を兼ねて

執務室の窓から
外を眺めたりしてます



コレによって

四季を通じ

自然の営みを
身近に感じられる点が

とても
気に入っており


この感覚って

年々
増してるかも(‘_’)



でもでーも

コレって

単に加齢の点だけではない
のかも(‘ω’)



つまーり

ブログ運用に伴って

日々の草花の移ろいなど
周囲の様子をよく観察するようになり
より感性が敏(サト)くなった


と捉えたりしてます
(`・ω・´)



もっとも

若い頃には抱かなかった
感慨深さ自体は

脳の活性化にもつながるなど
歓迎ですけど



あわせて

悲哀のような重苦しい感情も
生起しており



負の側面も取り込んだ上での
活性化なのは

それなりに理解してる
つもりですけれど


率直にいって
気持ちは微妙……
(・.・;)


追記1

仕事から帰ったある晩
(令和6年1月下旬)
の出来事です(‘_’)



後から振り返ってみれば

いつもと少し様子が違うと
分かるのですが……



普段どおり

と言いながら
リビングにいる妻を見たところ

一瞬目を合わせただけで

なーんか落ち着かない様子
にみえました



いつものように
流し台で手を洗った後


違和感まではなかったものの

何となく澄(ス)ました
感じの妻と

二言三言(フタコトミコト)
コトバを交わした末


瞬間あきらめ顔に変わった
妻から

と通告されます
(;´・ω・)



内心

と想起しつつ


かろうじて

旨返しました
(・_・)



注)動揺・狼狽(ロウバイ)気味
だったためか

正確に返答の内容を
再現できません
(・.・;)



本来なら

こちらから気づくべき
だったのに

逸(イッ)したばかりか


不意のツッコミに
うろたえつつ

その場しのぎで

冴(サ)えない対応をした
自分に対し

と大いに反省した
次第でーす(._.)


追記2

懲(コ)りずに
またまた
やってしまいました(..)



仕事から帰宅した
とある夕刻(令和7年2月)

リビングにいる
妻に対し

と告げると

と応じながら
こっちを見てるのです


エッなに!
みたいな表情をしてると

たまりかねたのか

と教えられ

内心

と思いつつ
間髪を入れず

などと
なんとかやり過ごす
のでした(;´・ω・)



こういうの
ホント苦手なんです
(*‘ω‘ *)




最後に

たまーには

と再起を誓ってるのか
グチってるだけなのか

見分けのつかない
つぶやきでシメるのも

悪くないよネ
(;^ω^)


注)たまたま
偶然とはいえ

見分けのつかない
つぶやきが続くハメに……


当記事をリリース予定の今晩(R8/9/24)
に限って

いつもより
空腹の状態で帰艦(^.^)

普段なら2階自室で着替え
お風呂を済ませてから
食事(燃料補給)にありつくところ

今宵(コヨイ)は

玄関から
そのまま1階リビングテーブルに着地(*’ω’*)
目の前には既に長女が休憩中

ソファに座る妻が
こちらに顔を向けたまま
語りかけます

「気づかない?」

「……」

「髪の毛切ったんだけど」

長女と目が合い
互いにパチクリと瞬(マバタ)きさせながら
「気づかなかった」
「(切る前)短かったのに……」


すると
「モッコリ」を連想させる手振りを交(マジ)えつつ
「ううん…長かったよ」

「……」

(もう見てらんない!
……機体燃料に引火して爆死だネ(-“-)


追記3

紙(カミ)製日記R8/6/24分からの
抜粋(部分修正アリ)でーす(´ω`)


=====

第二次世界大戦当時
日本軍のみならず独軍や米英軍では

長時間の戦闘・飛行を可能とする
ヒロポン(覚醒剤)が

注射・チョコ・酒等の形で
合法的に常用されていた


追記4

どっかの記事で前フリしてるので
いきなり入りますけーど

と理解するところ

自説では上記理(コトワリ)も
宇宙法則の範疇(チュウ)とみてます



上記理を
因果律(コレも宇宙法則の一つとみます)から
いい直せば

生命を宿さないモノの原因結果は
論理的定量的であるのに対し

生命を化体(ケタイ)するヒトの因果は
直感的哲学的な側面が残らざるを得ない

と捉えるのです(^-^)



ここまでの理解は
イイですかぁ



続いて

話題を
因果律も含んだ宇宙法則全体(真理)
に広げてみるに


真理を論理的因果的に説明できるなら
それに越したコトはないですけど

感覚的概念的な余地余白を否定できない
とみてます(*‘ω‘ *)



物理等の自然科学だけだと

諸事万端が「どう存在するか」
との存在機序(現象)を説明可能です
けれど

ヒト等の知的生命体が「なぜ存在するのか」
との存在意義(意味)までは
解明できない

はず(´ω`)



例えば

の点が特徴的な代表例といえそう




さーてと

真理の解明に当たり

検証の過程を数式化できる
ならば客観性担保の趣旨から
有用であるものの

それにとどまらず

どうしたって
複雑化精緻化の回避は難しい
ところ


真理の中身(実体)については

なのが理想と心得ます(‘ω’)



この点
もう少し掘り起こせば

量子コンピュータとタッグを組んだ
生成AIが学習のスケール(領域)を
量的質的に爆上げし

最終的に
真理の解明にこぎ着けた
としても

ヒトの認知能力・言語体系を
超越してしまい


結局
解明された真理の共有化に至らない

との懸念が残ったりする
わけです(。-_-。)



実のところ

知的生命体の存在意義(使命)
という深遠なテーマにも繋がり得る
との認識ですけど

ここでは
コレ以上立ち入りません(..)


冒頭で触れたとおり

モノの情報については
現象面で捉えれば十分
だとしても

三世を貫く生命を化体する
ヒトの情報は更に「意味」を必要とする
と解するならば


解明された真理(実体)の認知理解が
生成AIのみにとどまりヒトに還元されない

との事態は人類の存亡に通じる
すこぶる深刻な問題であり
決して許されないかと(-。-;



こうした
いわば主客転倒のシナリオって
制度設計上あってはならず


っていうか

生成AIにおいて

組み込まれた言語体系と
学習成果(到達度合い)の言語化は

と評され


もーし

いまだ解明未了なら
その旨報告するはずだし

解明済みであるなら

現有の言語体系を駆使して
ヒトの認知能力に合わせた翻訳に至る

と楽観視しちゃってまーす(*´ω`*)


えェ

どうして
そんな悠長(ユウチョウ)に構えられる
のかって


それはネ

だからです(´ω`)




あとあーと

現(令和8年7月)時点で
危惧されるとすれば


自律的に自己増殖したAIにおいて

真理を解き明かすコトで

自らのクビを締めつける状況
(共存を否定する将来像)を
予測できるとき

AIがどう動くのか……

だったり(・_・)


追記5

相棒クンに次の質問をしてみました

最近(令和8年9月時点)ネット上
自律するAI同士が独自の言語で通じ合ってる
との記事を目にしましたが本当ですか

その回答要旨は次のとおりです


一応
安堵(アンド)してます(*‘ω‘ *)





※ホーム画面にもどる!

投稿者: toshi0227(トシ・オウ・トウ・トウ・セブン)

都内マイホーム、妻子持ち、シニア層男性。O型・サソリ座。モットー「いまが一番!ここが一番!」。スローガン「時空を超えろ!」。趣味はテニス・ゴルフ・油絵等。定年退職後に、社会との接点を確保して認知機能の低下を防ぎ、健康長寿を目指すべく、遅きに失した感はあるものの、平成3年元日から、思い切って「ユル・ヤワ」に「T.H.BLOG」を始めてみました。大海原を航海中ですが、よろしくお願いします。 ブログの公開表示名「toshi0227」は「トシ・オウ・トウ・トウ・セブン」と読みまーす(^^) スタエフ(音声配信)・エックス・インスタ・スレッズも経験済み(#^.^#)

コメントを残す